「パワーを持つ」とされる男性の生きづらさ
委員会事務局(以下、事務局) 近著で「中高年男性の働き方」に焦点を当てたのはなぜですか。 小島委員 以前当社で、女性の働き方と上司となる男性管理職を主題にした調査を実施したのですが、女性よりも男性管理職についての調査結果のほうが、メディア等からの反響が大きかったことに驚きました。日本企業の管理職ポストの多くは男性で占められ、これは男女格差の一つの表れとして語られます。そうした男性が経済力や権威といった社会的「パワー」を持っていることは事実ですが、その半面、家庭で担っている経済的責任の大きさ、仕事のストレス、居場所のなさといった「生きづらさ」を抱えている方もいます。
こうした男性の生きづらさは、1993年に米国で発行された研究者ワレン・ファレル氏の著書では「ガラスの地下室」と表現されています。女性の出世・昇進が難しい実情を「ガラスの天井」と呼ぶように、男性の自殺率の高さや平均寿命の短さなどに着目し、表現したものです。詳細は割愛しますが、例えば「平均寿命は女性のほうが長い」ということはほぼ常識のように受け入れられていますが、米国でも日本でも1920年ごろはわずか1歳しか違いませんでした。この差がどんどん広がっているわけで、これが身体的な要因ではなく社会的要因から来るのではという論考ですね。
事務局 感覚として理解できる部分はありますが、労働問題としては「女性の社会進出」や「若年層の低収入」などに比べて重視されていない印象です。 小島委員 そうだと思います。中高年の男性は社会的に「強者」とみなされがちだからか、メディアなどの注目度という意味ではそれほど高くなかったと思います。ただ指摘しておきたいのは、男性と女性、あるいは中高年と若者の「どちらが損をしている存在か」と二項対立させて話すのが大事ではないということです。むしろ、それぞれ別の生きづらさを抱えており、別のケアが必要だと認識するのが重要だと思います。
最近は、職場で何をしているのかわからない中高年男性が「妖精さん」「働かないおじさん」などと表現され改めて話題になっています。もちろん、振る舞いなど個人的に問題があるケースもあると思いますが、社会や企業の仕組みによって活躍しづらい環境に閉じ込められている方も大勢います。若いときに活躍した人が、ある年齢を超えるといきなり能力が衰えるということはないわけで、活躍できない中高年男性がたくさんいるとすれば、仕組みのほうにも問題があります。能力や経験のある人が活躍できないことは、生産年齢人口の減少、生産性の低迷という日本の重要課題の点からも大きな問題といえます。
中高年男性の4割が「悩みを相談できる友達0人」
事務局 活躍しきれない人材を生んでしまっている要因は何でしょう。 小島委員 人材も企業も、双方に指摘できることですが、柔軟性のなさではないでしょうか。社会的影響力の強かった中高年男性が、終身雇用を前提とする大手企業で働くことを良しとしていた時代に、会社都合による転勤や異動、多くの時間外労働などを労働者が受け入れることが一般化してしまいました。これが「企業への依存」「生え抜き文化」を強め、個人のキャリア、企業の人材登用を硬直化させてしまったのではないかと思います。
終身雇用を前提に考えてしまうと、能動的に自身のキャリアを考える機会が少なくなります。すると中高年になっていざ「自分に何ができるか」「自分は何をしたいのか」と考え始めても、うまく言語化できません。自分の中に評価軸がないと結局「社内評価」や「年収」などを優先することになってしまい、今ひとつ納得感がないまま働き続けてしまうことになるのではないでしょうか。
企業側に目を向けると「ジョブ型雇用」や「プロジェクト型組織」、「副業・兼業の解禁」など組織変革のキーワードは徐々に広がってきている印象です。しかし実際に導入しうまく運用している企業はまだ多いとはいえないと思います。また企業のキャリア支援の目が若年層に向かいがちという課題もあります。キャリア形成支援の効果は、若年層ほど効果が上がるという研究がありますし、人件費の高い中高年男性については本音では「より活躍させたい」というより「コストを抑えたい」対象として捉えている向きもあります。
事務局 キャリアや人間関係が一つの会社に閉じていることの弊害も耳にします。 小島委員 当社の調査で「悩みごとを相談できる友人の数」を聞いたところ、中高年男性の4割が「0人」で最も高い割合となりました。学生時代の友人や知人との交流は比較的あっても、年齢とともにその付き合いは減少します。そのうえ「過去1年以内に新しい友人や親しい知人をつくったか」という問いには32%が「まったくない」、33%が「ほとんどない」と答えています。所属する企業社会にリソースを投入するあまり、そのほかの付き合いがなく、異なる価値観や生き方の可能性に気づきにくい環境に多くの方がいることが推測できます。
キャリアに「かかりつけ医」を
事務局 そうした人材に、どんなケアが必要だと考えていますか。 小島委員 「キャリアにもかかりつけ医が必要」という言い方をしています。特に現代の中高年男性は、過去の働き方から大きな転換を求められています。自分だけでは気づけない自身の強みや可能性もあり、キャリアコンサルタントなど専門家に相談することは有用だと思います。これは何も転職に向けたものではなく、同じ企業にい続けるにしても必要なことでしょう。
慶應義塾大学名誉教授の花田光世氏は、「頂上を目指す登山型の思考から、歩くこと自体を楽しむハイキング型の思考へ」ということをおっしゃられています。そうしたマインドセットができないと、後輩の指導や出向先での新しい業務などに前向きになれず、つらくなってしまいます。そうなると現場で「扱いづらいシニア」となり、孤独感が深まるといった悪循環に陥りかねません。転職するにしても年収やポジション、企業の格などそれまでの価値観を引きずりすぎてしまうということも起こり得ます。
事務局 個人がいくら考え方を変えても、待遇面を含め雇用側の変革がないと50代以上のベテランが活躍しづらい環境は変わらないのではという指摘も根強いです。 小島委員 企業側にも変革が必要なのは間違いありません。現状では50代の転職で「年収が下がりがち」というのは確かで、多様な可能性の追求を阻んでいる要因でもあります。それでも大手企業のベテラン人材を高待遇で迎え入れるスタートアップも増えていますし、本業で年収が下がっても副業・兼業で収入補塡するという選択もしやすくなっているかと思います。企業の変革も必要ですが、個人目線で見るとそれを待っていても仕方ありません。労働力人口が減る以上、優秀な人材の争奪戦が激しくなるのは確かだと思いますので、能力のある個人がより柔軟な働き方を実現して硬直的な企業から離れ、雇用が流動化していけば、企業社会の変革も加速していくでしょう。 事務局 最後に委員からメッセージはありますか。 小島委員 男性に限ったことではありませんが、中高年が楽しそうに暮らす社会を実現することは重要だと思います。誰もが年を取り、おじさん・おばさんになるのですから。
そのうえで、仮に今の中高年男性の働き方に課題があるとしたら、それは日本の企業社会がそうした働き方を求めてきた結果です。そうした人たちに、新しい働き方に対応してほしいと考えるなら、適切なケアがあってもいいのではないでしょうか。いくつになっても活躍できる道を見せることは、若者にとっても励みになると思います。
一方で、中高年の方々から学ぶべき働き方もあります。一つのことに皆で力をあわせて協力して働くという今の中高年世代が実践してきた働き方は、大きな物事を成し遂げるためには大切なことです。どんなに個の力が強くても、一人でできることは限られています。これからの日本社会のために、中高年の皆さんが「人と協力しあいながら物事を成し遂げる」。そんな働き方の良さを、自らの姿を通じて改めて伝える存在であってほしいと感じます。
委員会事務局から
40歳の男性ですが、「(上の世代が)活躍できる姿を見せることは、若者の励みになる」という言葉に胸を突かれました。個人的にも、前職で「上の人たちは楽しそうじゃないな」と感じて転職を検討した経験があります。「自分が楽しく働くことは、誰かの明日を開くことになる」。転職をしなくても、大事にしたい考え方です。(ちゅん)
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写真:竹井 俊晴 掲載日:2022年10月24日