タイムマネジメントの研修が1時間遅れで始まる
まず、ヨルダンで仕事の会議をするときの典型的な進行をご紹介します。 開始予定9時の会議。9時20分ごろになってようやく参加者がポツポツと現れ始めます。そしてそのまま着席してくれるかと思いきや、用意してあったコーヒーを片手に参加者同士でおしゃべりが始まってしまいます。「時間に遅れているのだから、進行に協力しよう」という雰囲気は全くありません。 予定時間通り進まないのは、会議が始まっても同じ。まず主催者のあいさつが長く、5分間の予定が20分以上の大演説になることもしばしば。本題のプレゼンテーションでも、10分の予定が20分、30分になるのが半ば当たり前です。登壇者が長く話すだけでなく、参加者もプレゼンの途中で遠慮なく質問やコメントを挟むので、予定はさらに押していきます。 ようやく休憩だとホッとしていると、今度は再開時間になってもみななかなか戻ってきません。「再開するぞ~」と言って回ったとしても、「あ、コーヒーくんでくるのを忘れてた」「今からお手洗いに行ってくる」とのんきなものです。

ヨルダンでの会議の様子 最後に質疑応答。時間が押しているからと、割愛しようとした日には大変です。「質問させてくれない?何のためにわれわれはここにいるの?」と非難を浴びることは間違いないでしょう。 日本では大きな会議となると「あいさつの時間」から「1社あたりのプレゼン時間」まで分単位で決まっていることも珍しくないでしょう。ところがヨルダンではそうではありません。「タイムマネジメントの研修が予定より1時間遅れで始まった」という冗談みたいな話には事欠きません。 日本的な感覚では、会議の時間に集まらないというのは考えられないでしょう。実際、まだヨルダンの時間感覚に慣れていない外国籍の駐在者はヨルダン人に対してイライラしていますし、みなの話が長いと、うんざりした顔で時計ばかり見ています。しかしヨルダン人が見ているのは時計ではないのです。 では彼らは何を重視しているのでしょう?
「効率的な会議」より「十分な議論」
会議の時間がいつも押してしまうことをヨルダン人の同僚たちに愚痴ったことがあります。ところが彼らに言われたのは「時間が押しているという理由で、どうして言いたいことを我慢し、聞きたいことを我慢しなければならないの?」「終了予定時間になったからといって、どうして十分な議論をしないで済ませようとするの?」ということです。 ヨルダンでの会議で期待されることは議論が尽くされたかどうか、参加者が抱く疑問にその場で答えが出たかどうかなのです。 さらにヨルダンでは会議や人の集まりで意見を言わない人は「教養がない人」「チームに貢献する気がない人」ととらえられます。「時間が押しているから」と発言を遠慮すると、ヨルダン人から見ると「私は発言する教養がありません」「私は話題に興味がありません」と宣言しているのに等しいのです。 ヨルダン人にとっての会議は、単に業務を遂行し議論や意思決定をする場ではありません。そこに集まる者同士で互いの考えを知り人間関係を深めていく場としてとらえています。だからこそ、質疑応答の時間をとらないというのは受け入れられませんし、開始時刻を過ぎても席に着こうとせず、みなコーヒーやお菓子を片手におしゃべりすることに余念がありません。
計画性よりも順応性・柔軟性
「それほど時間が守られなくて、困らないのか」とよく聞かれます。ただヨルダンに暮らすと、現地で「悠長な時間感覚」が一般的な理由がわかります。道路や公共交通機関が日本のようには整備されておらず、思わぬところで交通渋滞にはまってしまうなど、予定通りの行動を阻む要因が数多く存在しているからです。 交通機関だけでなく、あらゆる社会インフラ、経済インフラでトラブルが起こりがちなため、ヨルダン人にとって「不測の事態」が起こるのはいわば当たり前なのです。いつ、どんなトラブルが起こるかわからないので「予定は予定」として割り切り、目の前の状況に応じて柔軟に対処するべきだという仕事観を持っています。 何かトラブルが発生したとき、アポも取らずに関係者に直接会いに行くことが広く受け入れられています。アポなしの訪問を受けた方もそれを拒絶するのではなく、そこで自身のスケジュールを柔軟に調整しトラブルの解決を優先させることがほとんどです。 突然の訪問者があることで他の仕事に皺(しわ)寄せが発生しますが、仕事の効率や計画を守ることよりも「順応性、柔軟性」と「人間関係」「コミュニケーション」が優先されるのです。

ヨルダン人の同僚たちと。筆者は前列右から2人目
時間感覚が違う相手との働き方
だからこそ、遅刻することや締め切りを破ること、納期を逃すことなどには比較的寛容です。 日本の感覚では「いい加減な人」「相手への気遣い、誠意やプロ意識に欠ける人」としか思えません。ですが、こうした時間感覚が悠長な文化で仕事をするには、人間関係と相互理解、そのためのコミュニケーションこそが、業務を円滑に進めるうえで重要です。 ヨルダンで1日に4〜5件のアポを入れてドタバタで行動している日本からの出張者を見かけます。足早に次のアポに向かうのは日本では見慣れた光景かもしれませんが、そのような行動はヨルダン人にはコミュニケーションを拒絶する非礼な振る舞いに映ります。 私がヨルダンで1日に複数のアポを取る場合、事情にもよりますがたいてい午前と午後で1件ずつにします。 時間に余裕がなければ気持ちにも余裕が持てず、気持ちに余裕がなければ相手とのコミュニケーションがおろそかになり、相互理解やお互いの信頼関係が深まっていかないからです。
時間について譲れるところは譲ること
ヨルダンに来て間もないころ、私も現地スタッフに対して「遅刻するな、早退は認めない」という対応をしていたことがあります。すると、彼らのモチベーションの低下が顕著になってしまいました。そこでスタッフと協議し「普段は遅刻や早退も認めるが、絶対に外せない締め切りや納期だけは必ず達成してもらう」ということで合意しました。それからはずいぶんとスケジュール管理がしやすくなった感触があります。 日本のビジネスパーソンが世界との比較においても「時間に厳しい」ことはヨルダンでも広く知られています。ですから時間管理の面でまず相手に譲歩できる部分を示し、こちらへの共感を持ってもらえるようになると多少時間に厳しい態度を示しても相手からの理解が得られやすくなることを実感しています。 「相手の考え方を理解し、自分の立場や状況に応じて歩み寄れるところは歩み寄る」。それが異文化コミュニケーションでは大切です。 編集注:この記事はライター個人の見解をまとめたもので、ビズリーチの見解を示すものではありません。 本記事についての簡単なアンケートにご協力をお願いします。 アンケートはこちら
掲載日:2023年8月17日