大手企業も「自由な働き方」を次々と制度化
今回のNTTの発表は新型コロナウイルスの感染拡大により一気に広がったリモートワークを、感染収束後も働き方の「基本」とし、従業員が自ら働く場所を選択できるようにすると表明しました。2022年度までにサテライトオフィスを現在の4倍以上に当たる全国260カ所以上に増やすほか、リモートワークを前提とする採用もするとしました。それと並んで明らかにされたのが、転勤や単身赴任を必要としない人材配置の検討でした。 こうした取り組みをするのは今回のNTTが初めてではありません。カルビーは2020年7月、感染症対策を踏まえた新しい働き方「Calbee New Workstyle」を導入。リモートワークを標準化し、通勤定期代の支給を停止する一方でリモートワークのための手当(一時金)を新設しました。それと同時に示されたのが、「単身赴任の解除」でした。業務に支障がないと上長が認めた場合、単身赴任者が家族の居住地に戻れるという仕組みです。 「オフィス外、あるいはオフィスがある地域以外でも業務が遂行できるなら、転勤や単身赴任は必ずしも要らない」。こうした考えが、NTTやカルビーの決断の背景にはあります。両社はいずれも新型コロナの流行を契機とし、働き方を見直すなかで転勤・単身赴任制度の見直しにかじを切りました。 しかし、実は新型コロナ感染拡大以前からも転勤制度を見直す動きは徐々に広がってきていました。
そもそもなぜ転勤制度はできたのか
企業の指示で従業員が転居を伴う異動をする転勤は、本人とその家族に大きな負担を強います。これが日本で広く行われてきた背景には、「終身雇用」を重視する日本型雇用と、いわゆる専業主婦世帯が多数を占めていた社会構造があるとされています。 本来、どこに住むか、というのは個人の自由であり憲法に保障された権利です。しかし、例えば企業が一部の事業所や工場を閉鎖・移転せざるを得なくなった場合でも、他地域の拠点に配置転換できれば雇用を守ることができます。長期での雇用維持を優先する場合、転勤は従業員にも利点がある仕組みとして、企業が命令することが認められてきたのです。社員側としても、専業主婦世帯が一般的だったことで、「家族一緒に転勤先に行く」「単身赴任し、パートナーが子育てなどを担う」といった決断がしやすく、受け入れやすい環境がありました。 しかし近年は下記の図が示すように夫婦共働きの世帯が増え、転勤することが難しいケースが増えてきています。夫婦双方のキャリア構築や、子育て・介護と仕事の両立が転勤によって難しくなるからです。転勤を理由とする離職も、さまざまな業界で目立ってきています。

AIG損害保険は2018年、「本人が望まない全国転勤」を廃止すると発表、19年から運用を始めました。全国に支店がある大手金融では2~3年に一度、人事異動で転勤があるというのが珍しくないとされていますが、男女ともにそうしたキャリアプランに適応することが難しくなりつつあります。 働く地域を限定した「地域限定正社員」という仕組みもあります。その名のとおり、勤務する地域を一定の範囲に限定して正社員として雇用するものです。厚生労働省が導入企業の事例集を2019年に作成・公表するなど、国も多様な働き方の一環として推進しています。 転勤自体の見直しではありませんが、オリックス生命は2021年4月から、転勤のある社員についてもあらかじめ「本拠地」を登録する仕組みを導入しました。勤務地は原則本拠地のエリア内とし、もし他地域へ会社都合で転勤させる場合年に最大240万円を遠隔地手当として支給します。
見直しを迫られる企業の採用戦略
人事ジャーナリストの溝上憲文氏は企業が転勤・単身赴任廃止を進める背景をこう指摘します。
2020年からのコロナ禍でリモートワークが進展するなかで、企業は個人の裁量をできるだけ増やし、自由度の高い働き方への転換を図っています。背景にはビジネス構造の変化への対応やDX化を進めるうえで、社員に創造性を発揮してもらうことが重要だと企業が気づいていることが挙げられます。採用戦略としても、優秀な人材ほど自立したキャリア形成を求め、自由度の高い働き方を望んでいるため導入せざるを得なくなっています。これらの変化を鑑みると、転居を伴う転勤を会社が一方的に命令する従来のやり方は変わらざるを得ません。今後は事前に本人の同意を得るか、リモートと出張を組み合わせた柔軟な転勤スタイルに変わっていくことになるでしょう。
転勤制度は日本の企業社会になじんできた仕組みですが、社会構造の変化によって近年見直しの必要が指摘されてきました。そこにコロナ禍を受けたリモートワークの普及が重なり、制度の廃止や改訂が加速する傾向にあります。労働力人口が減少するなかで個人のキャリアや人生プランは多様化しており、企業には優秀な人材確保のために社員に過度な負担をかけない仕組みの構築が求められているといえます。 本記事についての簡単なアンケートにご協力をお願いします。 アンケートはこちら