EIRとは
客員起業家(EIR)とは、既存の企業に正社員や契約社員として雇われ、新規事業の立ち上げを担う人や、仕組みのことを言います。Entrepreneur In Residenceの略で、直訳すると「住み込みの起業家」となります。起業やバイアウトをしたことがあるなど、ビジネスにおいて経験豊かな人材を企業やベンチャーキャピタル(VC)内に招き入れる形で新規事業の立ち上げを担ってもらい、より確度の高い事業創出を狙う取り組みです。 EIRは起業家(Entrepreneur)や社内起業家(Intrapreneur)とは何が違うのでしょうか。既存の企業から独立して事業を始める従来の「起業家」の場合、起業家は自由かつスピーディーに事業を行えて、株式上場などの成功を果たした際のリターンが大きいというメリットがあります。反面、自身の生活基盤として必要な収入は保証されておらず、金銭的に不安定な生活を強いられたり、大きな精神的な負荷がかかったりするリスクを負うことになります。 「社内起業家」はどうでしょう。これはもともと所属している企業の中で、新規事業を立ち上げる人材のことを指します。社員としての立場は変わらないため固定給が得られ、金銭的なリスクを負わなくてよい点や、企業の知名度や信用力、顧客基盤、販路などのリソースを事業の当初から生かせるというメリットがあります。その半面、社内のしがらみや慣習にとらわれたり、これまで携わっていた既存事業以外の経験に乏しかったりする場合があるため、既存事業の枠組みから大きく抜け出すようなアイデアは出にくいということも指摘されています。 EIRは、両者の利点を生かしながら、不利な点を抑制する手段として注目されています。EIRであれば、起業の金銭的なリスクの抑制、既存企業の持つリソースの活用をしながら、社外の新しい知見を企業内に取り込む、という起業家と社内起業家の「いいとこどり」ができます。外部でのアイデアや経験、能力があり、「生活を脅かすようなリスクは負いたくない」「企業の既存リソースを使って規模の大きな新規事業をしたい」という人材を有効に活用すれば、確度高く新規事業を創出できると考えられているのです。
スタートアップ創出の手法として期待が高まる
長く低迷する日本経済において、スタートアップの育成は活力を取り戻すための重要なカギと言われています。政府は2022年を「スタートアップ創出元年」と位置付け、スタートアップの育成を重点方針に掲げています。 ただ、国内のスタートアップへの投資額は、大幅に増えているとはいえ、世界を見渡すと大きく後れを取っているのが現状です。非上場で株式の評価額が10億ドル以上の企業価値を持ついわゆるユニコーン企業の数は、2021年末時点で日本の11社に対し、米国は488社、中国は170社。世界にはデカコーン(非上場で企業価値100億ドル超)やヘクトコーン(同1000億ドル超)と呼ばれるスタートアップも存在しており、数、規模ともに大きく世界から水をあけられています。
政府もEIRを後押し
こうした状況を打破する手段の一つとして、EIR制度の後押しが挙げられています。経済産業省は22年5月、「客員起業家(EIR)の活用に係る実証事業」を行い、客員起業家を活用する企業を公募しました。ジャフコグループや三菱地所など9社が採択されました。 日本ではまだ耳なじみのないEIRですが、もともとは米国のシリコンバレーで生まれた仕組みです。ベンチャーキャピタル(VC)が、投資対象となる有望なベンチャーを作るために、事業の立ち上げから成長、出口(EXIT)までを経験した優秀な人材に対し、基本給を保証して雇用を始めたのが始まりでした。今でも米国のトップ大学に行くと起業支援オフィスやビジネススクールに多くのEIRが在籍します。 例えば、マサチューセッツ工科大学(MIT)の起業センターやスタンフォード大学の社会起業家プログラム、ハーバード大学のイノベーションラボには多くのEIRが在籍しているそうです。NECがシリコンバレーに設立したNEC Xは、これまでにEIRの仕組みを採用したプログラムで、3つの事業をスピンアウト(分離独立)させることに成功しています。今後、EIRが国内でも広がることによって、スタートアップの育成が進むことが期待されています。 本記事についての簡単なアンケートにご協力をお願いします。 アンケートはこちら
掲載日:2022年12月8日