給与の支払いは現金払いが原則だが
給与の支払いは、労働基準法において「通貨(現金)払いが原則」と定められており、同法の例外として銀行口座と証券総合口座が認められてきました。給与を口座振り込みで受け取っている方は多いでしょう。 厚生労働省は2022年11月、「資金移動業者」を、給与の支払先として追加する改正省令を公布しました。「資金移動業者」とは銀行以外の業者で、振り込みなど送金に関わる為替取引を行うことのできる登録業者です。いわゆる「〇〇Pay」(スマートフォン決済アプリ)のような電子マネーによるデジタル決済を運営する会社もその一つです。「資金移動業者」のうち「第2種資金移動業」の登録業者は、1回あたり100万円以下をコンビニやインターネットなどで国内外に送金することが認められています。これにより、登録業者を通じての電子マネーでの給与支払いが可能になりました。 ただ、給与のデジタル支払いの実施に当たっては、労働者を保護するために細かいルールが厚生労働省令にて定められています。主な内容は以下の通りです。
使用者(企業側)は、労働組合や従業員代表者と労使協定を締結する必要がある。さらに、実施にあたり、労働者本人に十分な説明を行ったうえで個別の同意が必要
使用者(企業側)が、現金化できないポイントや仮想通貨で賃金を支払うことは認めない
資金移動業者は、万が一、業者が破綻した場合も口座の全額を6営業日以内に払い出しすることを保証(資金移動業者が破綻した場合は保証機関が支払うように事前に契約しておく)
資金移動業者は、「銀行口座への払い出し」「ATM等での払い出し」により、「少なくとも月1回」は手数料負担なく、1円単位で現金化できるようにする
給与のデジタル払いの案が出た当初、破綻した場合に1,000万円まで預金が保証されるなどの仕組みが整備されている銀行などの金融機関に比べて、資金移動業者は安全性が懸念されていました。しかし、上記のルールを設けることによって、資金移動業者の安全性は、ある程度確保された状態となりそうです。なお、現行の登録業者は残高が100万円までに制限され、100万円を超えた場合、利用者に払い出しを求めなければならないルールとなっています。
給与の週払いや日払いの増加に期待も
では、どのようなメリットがあるのでしょうか。まず雇用主にとっては、「口座振込手数料」を削減できることがあげられます。振込手数料は原則雇用主が負担することとなっており、1件当たり200円から300円かかっていますが、電子マネーだと大幅に安くなる見込みです。また、多くの会社が給与支払いを月単位としているのは、手数料負担が大きな理由でしたので、その負担が減ることで、週払い、もしくは日払いをする企業が増えてくることが期待されます。 労働者にとっては銀行口座から引き出したり、電子マネーにチャージしたりする手間がなくなります。近年、銀行口座を新たに開設するための手続きが厳重になり、振り込みや引き出しにかかる手数料が高くなるなど銀行利用についての負担が増加しています。電子マネーを利用したほうが簡単であったり、安価に済んだりする場合も増えてくるでしょう。 政府もキャッシュレス化の推進を政策目標に掲げています。日本でのキャッシュレス決済比率は2021年に32.5%ですが、目標では2025年までに40%程度とし、「将来的には世界最高水準の80%程度に高める」としています。キャッシュレス決済を利用できる業者が給与振込先になることで、利用が拡大し、目標達成を後押しすることが期待されています。
現時点では銀行口座のようには使えない
一方で、当初期待された銀行口座に代わる手段としては当面は活用できない見込みです。もともとデジタル払い導入の議論は、外国人労働者など銀行口座を作りづらい人たちに対しての給与支払い手段になることを期待されて始まった経緯があります。 米国などでは「ペイロールカード(Payroll Card)」と呼ばれるプリペイドカードのような仕組みがあります。ペイロールカードは銀行口座を持っていない人の振込先として活用できる点に特徴があり、買い物もできます。日本でもデジタル払いのアカウントが同様の位置づけになることが期待されましたが、日本の資金移動業者は残高上限が100万円となっていて、100万円を超えた分を移管する先として銀行口座を必要とする運用となっています。 また、公共料金の引き落としなど一般的に口座引き落としとなっているもので、デジタル払いのアカウントに対応していないものも少なくない状況です。日本の場合、現時点では、デジタル払いのアカウントを銀行口座のように使える、という見通しにはなっていません。 現時点(2022年末)ではどの決済アプリが対応するかは明らかになっていませんが、PayPayや楽天ペイメント、メルペイ、Kyash、JCBなどが参入を検討していると報じられています。制度開始時はあえてデジタル払いを選ぶほどのメリットは乏しそうですし、長年の歴史のなかで積み上げられてきた信用のある金融機関と比較して、セキュリティ面に不安を覚えるユーザーもいるとみられます。ただ、今後の利便性の向上や各資金移動業者の対策やその啓発、政府の後押しなどによって広がる可能性はありそうです。 本記事についての簡単なアンケートにご協力をお願いします。 アンケートはこちら
文:渡辺 将之 掲載日:2023年1月26日