3種類の限定正社員
日本で一般的に「正社員」というと、「無限定正社員」のことを指します。正社員は、一般に、(1)無期雇用(期間の定めのない雇用)、(2)フルタイム、(3)直接雇用(雇用関係と指揮命令関係が同一)という特徴があり、被雇用者としての立場が守られているといえます。 一方で、職務、勤務地、労働時間(法定基準以上の残業時間は認められません)などの制約がないことがほとんどでした。そのため、会社都合で転勤や単身赴任、これまでと全く違う職務に従事するような異動を求められることがありました。実際、旧来の日本型の大手企業では、複数の勤務地や職務を経験しながらキャリアを積んでいくことが一般的でした。 対して、「限定正社員」とは、ある程度の制約を課す内容の雇用契約を企業と結んで働く正社員を指します。厚生労働省の「雇用均等基本調査」では、3つの形態に分類しています。
短時間正社員制度 残業や休日出勤をしなくてよい、所定労働時間がフルタイムではないなど、勤務時間が短時間に限定された働き方をすることを事前に定める制度。
勤務地限定正社員制度 地域限定正社員、エリア限定正社員と呼ばれ、勤務地があらかじめ決められて、転勤や長距離通勤がないように定める制度。
職種・職務限定正社員制度 あらかじめ決めておいた業務のみを行う制度。派遣社員や契約社員などではこれまでも業務の範囲を決めておくことが多かったが、今後は正社員のなかでも職種や職務を限定することが増える可能性がある。
メリットとデメリット
企業には、「限定正社員」を導入するメリットとして、「無限定正社員」としては採用が難しい人材を採用できる点が挙げられます。これまでは子育て中など就業に制限がある場合、契約社員や有期雇用を選択せざるをえなかったわけですが、「限定正社員」という選択肢が増えてきたことで、より採用しやすくなります。働く側にとっては、「正社員」のまま、ライフステージにあった働き方ができるようになります。 また、職種を限定することで技能の蓄積や継承がしやすくなるほか、採用のミスマッチが減ることも期待されます。勤務地を限定することで地域に根差したネットワークが強くなることもあるでしょう。これまでも、企業の人事異動のなかで、職種や地域を限定するような運用は、実質的に多くみられましたが、それを雇用契約上のルールとして明確化したのが「限定正社員」といえます。 一方、課題もあります。多いのは、無限定正社員と限定正社員の間の処遇の差です。限定正社員は給与水準が低くなることが多く、加えて同一の仕事が続くためモチベーションの維持が難しいという指摘もあります。また、労働契約のタイミングで定めた勤務地や職種がなくなった場合は、ポジション自体もなくなり、解雇になってしまう場合もあります。
広がっていないその背景
2013年の政府の規制改革会議は「本人の希望に合った多様で柔軟な働き方を促進すること」の重要性を指摘したうえで、限定正社員を提言。「その雇用ルールの整備を早急に進めるべきである」と指摘しました。この内容が、アベノミクス改革の一つとして、注目を集めました。 しかし、その広がり具合は、当時の政府が期待したほどではなさそうです。厚生労働省の「雇用均等基本調査」では、2018年から「多様な正社員制度の利用者割合」を調査項目としています。限定正社員の制度がある事業所は、2018年度に23.0%でしたが、2021年度は20.1%となっており、減っています。制度がある事業所において、実際に限定正社員の制度を利用した人がいた割合も増えていません。 限定正社員が広がらない理由には、デメリットである処遇の差異が考えられます。また、規制改革を推進する立場からは、限定正社員について、限定的な要件が合わなくなったときに「解雇しやすくすべき」という意見があり、解雇規制が強い日本社会での受け入れが進んでいない可能性もあります。 一方で、コロナ禍をきっかけに正社員の働き方そのものが大きく変わってきています。リモートワークが普及し、出社の必要性が低下したことを理由として、居住地の制限をなくす企業も増えてきて、転勤も減少しています。また、中途採用の増加は、「即戦力を求める」ことが多いため、結果的に職務に対して人を採用する「ジョブ型」採用の傾向が強くなっています。限定正社員と銘打つかどうかとは別に、多様な働き方が広がっていくことが期待されます。 一方で日本には特有の解雇規制があり、そのあたりの雇用慣行とどう折り合いをつけていくかなども、限定正社員の広がりの鍵を握ることになりそうです。 本記事についての簡単なアンケートにご協力をお願いします。 アンケートはこちら
文:渡辺 将之 掲載日:2023年3月24日