「主にリモートワーク」欧米で2~3倍増
ICT(情報通信技術)を用いて、自宅などにいながら働けるリモートワークは、人同士のリアルな接触を避けられる利点から、新型コロナウイルスの流行が始まった2020年以降、世界的に広がりました。EU(欧州連合)の調査では、勤務時間の半分以上をリモートワークで行う、EU加盟国域内の労働者は、2019年は5.5%でしたが、翌20年に12.3%、21年に13.5%に上昇しました。アメリカでも、主にリモートワークで働く人の割合は、19年の5.7%から21年には3倍増の17.9%に達したと米国国勢調査局が発表しています。日本でも、コロナ禍前と比較して増加傾向にあります。 リモートワーク拡大の大きな要因としては、各国政府の緊急事態宣言などによるロックダウンや外出規制が挙げられます。そのほか、感染拡大によって事業や企業のオペレーションができなくなることへの危惧なども、リモートワークの普及につながったとみられます。
コロナ沈静化でオフィス回帰の流れ
パンデミック初期のこうした状況は、ワクチンや治療法が普及しはじめたことで、大きく変わりました。2021年の半ばごろには、感染拡大の主流が重症化しにくいといわれるオミクロン株に移行したこともあり、各国の移動制限は次々と撤廃されました。もともとリモートワークにのり気でなかった経営者にとって、コロナの流行前のようなオフィスで働く勤務に戻しやすい環境がある程度整ったといえます。 オフィス勤務への回帰へ前向きな姿勢を示した代表的な経営者は、イーロン・マスク氏です。2022年、最高経営責任者(CEO)を務める電気自動車(EV)メーカーのテスラとTwitterの従業員に対し、「特別な事情がない限り、リモートワークはこれ以上認められない」「全員が最低週40時間オフィスにいる必要がある」などと通告したと報じられました。マスク氏の狙いは明らかとなっていませんが、オフィス回帰に踏み切ったほかの企業の例では、従業員の生産性の低下を理由に挙げています。リモートワークと生産性低下のこうした主張が正しいかは、現時点では一概にいえない状況です。 ただ、働く場所を決める権限は、一般的に経営側にあると考えられます。日本では、企業の転勤命令をめぐって争われた「東亜ペイント事件」の最高裁判決(1986年)の中で「使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができる」としています。就業規則や雇用契約に盛り込まれていない限り、リモートワークを続けられるかは、企業側の判断に従わざるをえないというのが一般的でしょう。
相次ぐ「リモートワーク法」整備とその背景
企業の裁量によるオフィス回帰の流れが強まるなか、欧州各国の議会では2022年に、リモートワークを望む従業員の権利を強化する法案が次々と提出され、成立したものもあります。 オランダでは7月、10人以上の従業員がいる企業について、職場の結束や雇用主の負担などを考慮し、従業員の要求を上回る利益がない限り、リモートワークの要求を認めるように義務付け、認めない場合はその理由を説明しなくてはならないとする法案が下院を通過しました。 11月にはアイルランドで、「すべての労働者」にリモートワークを求める権利を認めたうえで、その可否の判断基準を示すガイドラインを企業につくるよう求める法案が政府によって承認されています。 また、勤続期間が26週間を超えた労働者について、リモートワークを含む柔軟な働き方を要求する権利があったイギリスでは、12月に、勤続期間の制限を撤廃し、勤務初日から要求できると定めた法案を政府が提案しています。 こうした各国のリモートワークを含めた柔軟な働き方を法制化する動きの背景には、リモートワークへの労働者の好意的な受け止めがあると考えられます。世界経済フォーラムなどが2021年に29カ国の1万2,500人を対象に実施した調査によると、「コロナによる規制の撤廃後も、従業員が働く場所を柔軟に選べるようにするべきだ」と答えた割合は、66%に上りました。「リモートワークが一切認められないなら、転職を検討する」と回答した割合も30%に達しています。 さらに、雇用をめぐる状況も後押ししたとみられます。欧州ではコロナ禍以後、失業率が歴史的な低さとなる売り手市場で、人材不足に苦しむ企業もあるといいます。障害者や介護・子育てに携わる人も働きやすいリモートワークの推進は、人材不足の悩みの解消に向けて欠かせないとみなされた側面もあるでしょう。イギリス公共放送のBBCは、「経営者にとって候補者の選択肢が広がり、人材不足の解消に役立つ」というイギリス政府の見解を報じています。 一方、日本では一部の学者がリモートワークする権利の必要性を訴えていますが、法制化にいたるような大きな動きはありません。
デメリットへの対策も重要
通勤時間の節約などによりワーク・ライフ・バランスの向上につながるリモートワークのニーズは、コロナ後もなくならないとみられます。 一方、労働者にとって注意しなくてはならないデメリットもあります。米国IT大手のマイクロソフトの調査によると、リモートワークの実施により仕事の満足度が高まる一方、社会からの孤立感を覚え、孤立感を埋め合わせようと働きすぎてしまう恐れがあるとの結果が出ています。 精神的ストレス、肉体的な過労を防ぐには、「つながらない権利」(時間外のメールや電話を受けなくていい権利)の尊重や、職場への出勤を組み合わせる「ハイブリッドワーク」の活用などが有効と考えられます。 経営側にも、不正アクセスなどへのセキュリティ対策、業務の進捗状況の把握と労働時間の管理の難しさといった課題があると指摘されます。 法制化の大きな動きがないとはいえ、リモートワークを求める従業員側の声と、できるだけ出社を求める経営者側の考えがあるのは日本も変わりません。労使双方のデメリットを考慮することも、リモートワークを推進し、社会に根付かせていくうえで重要といえるでしょう。 本記事についての簡単なアンケートにご協力をお願いします。 アンケートはこちら
文:福田 小石 掲載日:2023年2月7日