アメリカの月面着陸計画が由来
ムーンショットという言葉の由来は1961年までさかのぼります。時のアメリカ大統領、ジョン・F・ケネディが「1960年代が終わる前に月面に人類を着陸させて、地球への帰還を果たす」と宣言しました。世にいうアポロ計画です。宣言当時、実現が困難とされたこの目標は1969年に無事に達成され、以来、「とても困難だが、実現したときのインパクトが極めて大きい野心的な挑戦」を指す言葉として使われるようになり、米アップル・コンピューター(現:アップル)の元最高経営責任者(CEO)であるジョン・スカリー氏の著書のタイトルにもなりました。 ビジネスシーンでも、成し遂げたい未来から逆算して立てられた壮大な計画やプロジェクトを指して、ムーンショットという言葉が使われるようになりました。
政府が打ち出したムーンショット計画
そしてここ数年、日本政府が打ち出したある政策により一気に認知度があがりました。それが、内閣府が2018年に打ち出した「ムーンショット型研究開発制度」です。1,000億円を超える予算を投じて進めているこの研究開発制度は、日本発の「破壊的イノベーションの創出」を狙いとした国家プロジェクトです。これまでの技術の延長ではなく、より大胆な発想に基づいた挑戦的な研究開発を推進していこうという取り組みです。 「身体、脳、空間、時間の制約からの解放」「疾患の超早期予測・予防」「自ら学習・行動し人と共生するAIロボット」「地球環境の再生」など全部で9つの目標を2040~50年までに達成するものとして定め、それぞれの目標を実現するための専門家によるプロジェクトチームを公募し、具体的な研究開発を支援しています。 例えば目標の1番目に掲げられている「身体、脳、空間、時間の制約からの解放」は、「2050年までに、複数の人が遠隔操作する多数のアバターとロボットを組み合わせることによって、大規模で複雑なタスクを実行するための技術を開発し、その運用等に必要な基盤を構築する」ことをターゲットとしています。 ムーンショット計画の推進を担当する科学技術振興機構が作成した解説動画では、「身体、脳、空間、時間の制約からの解放」のイメージとして、高齢の男性が自宅にいながら農業ロボットを操作して農作に従事したり、病気のため治療生活を送る少女がロボットや仮想現実(VR)技術を使ってベッドにいながら旅をしたり、さらにはお互いが協力して遠隔で災害救助にあたったりする様子が描かれています。 政府はなぜ今、このような型破りとも言える政策に本腰をいれて動きだしたのでしょうか。日本社会は現在、多くの課題を抱えています。日本は他のどの国よりも少子高齢化が進んだ国であり、また地震や台風など世界有数の自然災害大国でもあります。こうした中で、今後直面する課題を解決し、豊かな社会を実現するためには従来の考え方にとらわれない、イノベーションが不可欠であると考えているようです。
日立やトヨタも参画
企業もムーンショット計画に参画する動きがあります。日立製作所はムーンショット目標の6番目に掲げられている経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる汎用量子コンピューターの実現につながる「大規模集積シリコン電子コンピュータ」の研究開発に取り組んでいます。半導体の回路集積化技術を生かし、集積性が高く消費電力を抑えた大規模量子コンピュータを2050年に完成させることを目指しています。 大手自動車メーカーのトヨタ自動車も、静岡県裾野市の自社工場跡地を利用し、快適なモビリティとクリーンエネルギーで健康的な生活を実現するスマートシティ「ウーブンシティ」の建設を進めています。第1期の工事が終わる2024年夏には実際に人の居住が始まり、2025年には実証実験をスタートする計画です。 同じアジアでは中国が「中国製造2025」、韓国が「AI国家戦略」を掲げ、壮大な技術革新を国を挙げて後押しし、成果につなげています。日本が国際競争力を保つ観点からも、このムーンショット制度の成否が注目されます。 本記事についての簡単なアンケートにご協力をお願いします。 アンケートはこちら
掲載日:2023年5月1日