「キャリアの中断」 長い人生の中でポジティブに考える動きも

近年、ビジネスパーソンの話題の一つとして注目されているのが「キャリアの中断(キャリアブレイク)」です。これは、育児や介護などのさまざまな理由で離職や休職を余儀なくされ、それまでのキャリアが一度中断されてしまうことを指します。このキャリアの中断が、その後のキャリア形成や経済的な格差に影響するとの指摘もありますが、最近ではポジティブに捉える動きも広がりつつあります。その背景を解説します。

女性に多いが、男性も当事者に

キャリアの中断の例として多く用いられるのが、女性の出産・育児に伴う休業です。産前休業は、労働基準法によって、出産予定日の6週間前(双子以上の場合は14週間前)から取得できます。また、産後休業では出産の翌日から8週間は就業できないことになります(産後6週間を経過後に本人が請求し、医師が認めた場合は就業可能)。また、育児休業は子どもが1歳になるまで取得できます(保育所に入所できないなどの場合は1歳6カ月~2歳になるまで取得可能)。最長で2年以上、仕事から離れることになり、出産を機に退職を選択するケースも少なくないことが知られています。 総務省の「平成29年就業構造基本調査」によると、2012年10月~2017年9月に「出産・育児のため」に離職した人は102万5千人で、うち女性が101万人以上、約99%以上を占めています。 ただし、キャリアの中断は男性にとっても身近になりつつあります。まだ低い水準であることも事実ですが、男性の育休取得率は9年連続で上昇し、2021年度には過去最高の13.97%に達しています。加えて、2022年10月1日から、育児・介護休業法に基づく「産後パパ育休(出生時育児休業)」という制度も始まりました。これは、従来の育休とは別に、男性が子どもの出生後8週間以内に4週間まで取得可能な休業のことで、男性の育児参加を推進するために創設されました。また、政府は同制度を利用した際の給付金の水準を、現行の休業前賃金の67%から80%程度に引き上げる方針を示しています。 国を挙げての取り組みによって、今後は女性だけでなく男性も、育児に伴うキャリアの中断の当事者となるケースが増えるのではないでしょうか。

中高年層が直面する「介護・看護」

また育児以外のキャリアの中断の理由として、介護・看護があります。厚生労働省の「平成26年版 労働経済の分析」によると、2007年10月~2012年9月の離職者数の合計は約2021万人で、「女性は25~34歳を中心に出産・育児等に伴う離職が多いこと」「家族の介護・看護に伴う離職者数(約44万人)は男女ともに55~64歳がピークとなっており、45歳以上で8割超を占めること」が示されています。 つまり、若年層の女性が出産・育児に伴うキャリアの中断に直面するのに対し、中高年層になると、今度は介護・看護に伴うキャリアの中断が浮上してくることになります。

キャリアをめぐる社会情勢の変化

いまだ年功序列や終身雇用といった企業風土が根強い日本社会では、どんな理由であっても一時的に仕事を離れざるを得ないことは、長期的なキャリア形成への悪影響や賃金格差の問題につながる可能性があります。 休職後に元の職場に復帰できたとしても、待遇や事業環境が変わっていて戸惑ったり、昇格や昇給で不利になったりするかもしれない。また、企業側も、求職者の経歴に空白期間があることを良しとしない。そんなケースが多々あることも、ビジネスパーソンにキャリアの中断をちゅうちょさせる要因でしょう。 ただし、人生100年時代といわれるなか、働き方が多様化し、雇用市場の流動性も高まってきています。今や、新卒で入社した会社で定年まで勤め上げるのが一般的なロールモデルではなくなってきていることも事実です。

キャリアの中断は「休息」

キャリアの中断の「中断」という言葉は、「ブランク(空白)」という印象を持つかもしれません。ただ、欧州では「ブレイク」を「休息」の意味として捉える見方が、広がりつつあります。欧州では、政府が柔軟な働き方を後押ししています。たとえば、ベルギーの「タイムクレジット制度」は「キャリアのなかで5回まで、3カ月~1年の休業が申請可能」「1~5年の時短勤務が可能」となっており、休職中の従業員には補助金が支給されます。フランスやスウェーデンでは、勤続年数などの条件を満たせば最長1年程度の休暇が取得できる「サバティカル休暇」が制度化されています。 キャリアの中断を必ずしもマイナスに捉えない姿勢が、社会に根付いていることがうかがえます。これらの制度を使って、スキルアップに励んだり、会社では得難い経験をしたりすることで、仕事に役立てられるでしょう。 サバティカル休暇については、ヤフー、ソニー、全日本空輸(ANA)などの日本企業も取り入れています。 また、近年注目されているリスキリング(学び直し)に、政府は5年で1兆円の投資を行うことを2022年10月に表明しました。キャリアの中断をいとわず、リスキリングによってスキルアップし、転職や職場復帰を経て、収入増や生産性向上を実現する――そんなケースが徐々に増えていけば、日本社会の慣行にも変化が訪れそうです。

仕事だけが「キャリア」ではない?

米国の経営学者でキャリア研究者のドナルド・E・スーパーは1950年代に「ライフ・キャリア・レインボー論」を提唱しました。人は人生のなかで(1)子ども(2)学生(3)労働者(4)配偶者(5)家庭人(6)親(7)趣味を楽しむ人(8)地域社会の一員、という8つの役割を負い、いつ、どの役割を負っているかはライフステージの変化に伴って違ってくる、という考え方です。つまり、仕事だけが人生において重要なのではなく、この8つの役割のバランスこそが充実した人生につながる、という論理です。 この考え方に照らし合わせると、出産・育児・介護等に伴うキャリアの中断を肯定的に捉えることは可能でしょう。そのような肯定的な見解が根付くかどうかは、個人の意識や行動、社会の捉え方次第といえそうです。 本記事についての簡単なアンケートにご協力をお願いします。 アンケートはこちら

掲載日:2023年5月19日