「ビジネスケアラー」 25人に1人が該当、身近な介護離職「予備軍」

最近「ビジネスケアラー」という言葉をよく目にしたり、聞いたりします。介護と仕事を両立するビジネスパーソンを指す言葉です。言葉が広がる背景には、団塊の世代が全員、後期高齢者となる「2025年問題」などがあり、大幅な増加が見込まれ、経済や社会への影響が懸念されています。どのような問題があるのか、増加の背景には何があるのか、解説します。

ピーク時の経済損失は9兆円

ビジネスケアラーは、介護する人を意味する「ケアラー」とビジネス(仕事)を組み合わせた造語です。法律などで定められた用語ではありませんが、「介護をする有業者のうち、仕事を主にするもの」とする経済産業省の定義にあてはまる人は、2012年に約211万人、2020年に約262万人に上りました。全労働力人口(6868万人)のおよそ4%にあたります。25人の職場に1人いると考えると、身近な存在といえるでしょう。年代的には親が後期高齢者となる40~50代が多いとされます。 ビジネスケアラーにとって問題となるのは、介護と仕事の両立に伴う肉体的、精神的な負担に加え、責任の重さがあります。仕事のパフォーマンスを低下させるだけでなく、負担に耐え切れず辞める「介護離職」にもつながり、企業にとって貴重な戦力を失うリスクといえます。 注目が高まったきっかけは、2023年3月に経産省が発表した将来推計です。ビジネスケアラーの数は2030年に318万人とピークに達し、介護との両立の難しさなどによる経済損失は約9.2兆円に上るとの試算が示されました。数字のインパクトの大きさから新聞やテレビで取り上げられ、対策が必要な課題としての認識が広がったとみられます。

福祉行政の失敗のツケ

では、なぜビジネスケアラーは増えているのでしょうか。背景には、介護をめぐる構造的な変化があります。 日本では戦後長らく、夫が働き、妻が家事を担うといった性別による役割分担が一般的でした。結果として、介護は、高齢者の子供の妻ら専業主婦を中心とする親族が主に担ってきました。しかし、少子高齢化や共働き世帯の増加、未婚率の上昇により、高齢者の割合が増える一方、専業主婦の割合は減ってきました。「家族や親族が世話をする」という前提が崩れ、仕事との両立を余儀なくされるビジネスパーソンが増えたと考えられます。 こうした変化を踏まえ、2000年に、国は「介護の社会化」を目指して、介護保険制度を始めます。それまでの家族頼みだった介護を、40歳以上の人から集める保険料と税金で支える社会資源(サービス)に切り替え、子ども世代の負担軽減をはかります。介護サービスは公的な制度となりましたが、ビジネスケアラーは増え続けていて、介護離職は毎年10万人程度にまで達しています。制度の本来の趣旨を考えると、十分な効果を上げているとはいいがたいでしょう。 その理由の一つが、利用者のニーズと、提供サービスのずれにあるとされます。2010年に実施された世論調査では、制度導入後も3割近くが「介護の状況はよくなっていない」と考え、そのうち4割が「家族に介護が必要となった場合でも働き続けられるようになっていないから」と答えました。 財源が限られるなか、国は、費用のかかる通所や入所を伴う介護施設ではなく、生活援助など在宅でのサービスを中心に据えました。しかし、在宅を前提としたサービスは「要介護者の食事は作れても、家族分は作れない」などと範囲が限られていたり、一度に利用できる時間が短かったりと、使い勝手が悪いとの声も少なくありません。施設についても財政支援はありますが、利用料に保険が適用され費用が低く抑えられる特別養護老人ホームは待機者が後を絶ちません。1年以上入所を待つケースが一般的です。 そのほか、有料老人ホームなどもありますが、介護保険が適用されないことが多く、その場合費用が高く、使える人は経済的な余裕がある人に限られる事情があります。 介護サービスの利用ニーズと、実際に提供されているサービスや制度との間に、隔たりがあることが、ビジネスケアラーの負担を増し、介護離職につながっているとみられます。

遠い「介護離職ゼロ」、頼みの綱は企業

こうした問題があるなか、政府も対策を打ってきました。2016年には成長戦略の一つとして「介護離職ゼロ」を掲げ、介護保険を使える施設の増設や、給与アップを通じた介護人材の確保を打ち出します。しかし、介護離職者は依然として10万人近くに上り、問題解消は程遠いのが現状です。 サービスの問題以外で深刻なのは、介護業界の人材不足です。介護サービス職をめぐっては、有効求人倍率が3.60と、全職種平均(1.13)を大きく上回っています(2021年、厚生労働省調査)。これだけ求人があるにもかかわらず人材が集まらないのは、ワーク・ライフ・バランスがとれないことなどが理由とみられます。サービスを充実させようとしても、人材が確保できず、諦めざるをえない自治体や事業者も少なくありません。 とはいえ、さらに介護業界で働く人材の給与を上げるために、介護報酬を上げるとなると、さらなる財源確保が必要となります。財源確保のためには、利用者の保険料や自己負担分のアップを検討せざるをえないため、簡単には進められません。そんな中、期待されているのが、民間企業の役割です。 介護は育児と同じように、仕事との両立を支援するための休業や休暇、時短などの制度が設けられています。ただ、利用率は極めて低く、介護する人に限っても、制度の利用率は10%に満たないとの調査もあります。ビジネスケアラーの抱える不安のトップは「仕事を代わってくれる人がいない」となっており、40、50代と会社の中核を担う年代にビジネスケアラーが多い事情をうかがわせます。 また、介護休業の存在や、介護保険制度の仕組みをそもそも知らない人が多いとのデータもあります。介護との両立の負担を和らげ、経済的な損失を防ぐには、企業を挙げて制度の周知などに取り組み、ビジネスケアラーに協力しやすい態勢を整えていくことが求められているといえるでしょう。 本記事についての簡単なアンケートにご協力をお願いします。 アンケートはこちら

文:福田 小石 掲載日:2023年6月29日