転職希望者総数は増加が続く
まずは「転職等希望者」の総数を見ていきます。総務省の2021年平均の労働力調査(詳細集計)では889万人で、この5年で1割ほど増えていることが分かります。

次にその内訳です。 自営業者や会社役員などを除く雇用者では、正規雇用で転職を希望する人の数は2021年平均で466万人。2014年比で1.5倍以上となっています。一方、非正規雇用で転職などを希望する人は減少しています。正規雇用者の希望増が非正規雇用の減少幅を大きく上回っており、全体の希望増につながっていることが分かります。

これを性別で見ると、正規雇用の女性も増えているため男女共に転職等希望者の人数は増えています。ただ正規雇用の比率(役員を除く)は男性が78%で女性が46%と開きがあり、この2年での転職希望者の伸びは男性が顕著です。 コロナ禍で、今まで転職などを考えてこなかった正規雇用の男性が、より多く転職を希望するようになってきている状況がうかがえます。

「転職者数」の実績は6年ぶりに300万人割れ
では、実際に転職している人は増えているのでしょうか。同じ労働力調査で見ると、むしろ逆の結果が出てきます。 転職者数はコロナ前の2019年まで、増加を続けてきました。ただ2021年は前年から31万人減の288万人。2年連続の減少で、300万人を割るのは299万人だった2015年以来6年ぶりのことです。就業者数全体に占める転職者の割合(転職者比率)も4.3%と、東日本大震災があった2011年の4.5%を下回りました。

ということは、転職市場は今「転職希望者は増えているけれども、転職がしにくい状況」なのでしょうか。実はこれは、必ずしもそうとは言い切れません。
リーマン・ショック時は急増した離職者が急減
転職者数が減った理由を分析してみます。労働力調査では「転職者」を「就業者のうち前職があり、過去1年間に離職の経験がある人」と定義しているので、まずはその「過去1年間に離職の経験がある人」の数を見てみましょう。

すると、2021年にはそもそも「過去1年に離職した人」が大きく減っていることが分かります。具体的には534万人で、前年比62万人減です。「コロナ1年目」の2020年には前年比で増加しましたが、21年は一転急減。リーマン・ショックの際は発生翌年の2009年に41万人増えたのと対照的です。 政府はコロナ禍で経営難に直面した企業などへ巨額の支援をしています。
日本経済新聞の報道によれば、政府支援により企業が実質無利子・無担保で借りられる通称「ゼロゼロ融資」の実行額は、政府系金融機関と民間を合わせて2021年末に42兆円を突破。企業が雇用を維持するための「雇用調整助成金」の累計支給決定額は、2021年12月に5兆円を超えました。 また東京商工リサーチの調査によると、2021年の全国企業倒産(負債総額1,000万円以上)は6,030件で、前年比22%減でした。これは57年ぶりの低水準です。

つまり、2021年の労働力調査における転職者数と転職者比率の大幅な減少は、政府の助成を受けた企業などが雇用維持に動き、そもそも「離職した人が減った」ことが影響していると考えられます。 「コロナ禍で先行きが不透明となり、転職がしにくくなった」影響も否定できませんが、企業の中途採用意欲は2020年を底に「回復基調にある」との見方がもっぱらです。人材紹介大手3社(ジェイエイシーリクルートメント、パーソルキャリア、リクルート)の転職紹介実績をまとめている日本人材紹介事業協会によると、2021年度上期(4〜9月)の紹介人数は3万7,968人で、前年同期比8.5%増でした。総合転職サイト「マイナビ転職」を運営するマイナビによると、2021年平均の求人掲載件数はコロナ前の2018年平均との比較で17.8%伸びています。
「もう一つの転職率」が示す職の得やすさ
では、離職者の減少の影響を受けにくく、転職市場の動向を示せる指標はないでしょうか。さまざまなものが考えられますが、ここでは同じ労働力調査で示されている「過去1年以内に離職した人」の数値を使い、総務省が算出しているのとは別の「もう一つの転職率」を考えてみます。 総務省の「転職者比率」は就業者全体に占める転職者の割合です。それに対し、ここでは「過去1年以内に離職した人のうち、転職者(就業している人)がどれだけいるのか」という割合を「転職率」として見てみます。

これを算出すると2021年は53.9%で、前年から下がるどころかわずかながら上昇しています。直近のピークで60.1%あった2019年に比べると下がっていますが、リーマン・ショック以降の変遷で見ると高水準を維持していることが分かります。
この数値からすると、2021年を「転職がしにくい年だった」とは考えにくいかもしれません。
転職者数は45〜54歳の男性のみ、増加
また、性別・年齢階級別での転職者数でもある特徴が見られます。
現役世代では45〜54歳の男性のみ、2021年平均の転職者数が20万人と前年から上昇しているのです。

45〜54歳の男性は転職者数の規模は小さいですが、最も正規雇用の比率が高い層でもあります。一概には言えませんが、正規雇用者の転職等希望者数が増えるなか、企業が即戦力となる人材を求める傾向が強まっているのと相まって、実際の転職者が増加している可能性があります。 2022年3月時点でコロナ禍は収束しておらず、引き続き感染拡大の状況によって転職市場が影響を受ける環境は続きます。労働力調査のような大きな統計の場合、転職者の動向といった細部までは大手マスコミの報道には出てきにくいのが実情ですが、異例の事態を受け、今までにないような大きな動きが出てきています。 本記事についての簡単なアンケートにご協力をお願いします。 アンケートはこちら
デザイン:中江由里恵