「上がらぬ賃金」、なぜ今上昇? インフレや人材不足が後押し

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日本国内の企業で賃金を引き上げる動きが徐々に広がってきました。金融機関や製造業など幅広い業種で賃上げのニュースが連日のように報道されています。長らく賃金が上がらないとされてきた日本ですが、一転して賃上げの波が押し寄せている背景には何があるのでしょうか。

ファストリは最大で約4割の年収アップ

2023年1月11日、ファーストリテイリングが発表した、報酬改定が注目を集めました。現行25万5,000円の新入社員の初任給を30万円とするほか、入社1~2年目で就任することの多い新人店長は月収29万円から39万円に引き上げるもので、新人店長の賃金増加率は年収ベースで36%にもなります。 オリエンタルランドも1月30日に賃金改定を発表しました。4月1日から準社員(パート・アルバイト)を含む従業員平均で賃金を約7%増やす方針です。 こうした動きは2社だけの特有のものではありません。「デフレからの脱却と人への投資促進による構造的な賃金引き上げを目指した企業行動への転換を実現する、正念場かつ絶好の機会」――。1月23日、春季労使交渉が始まる会合で、経団連の十倉雅和会長はこう語りました。経団連トップのこうした発言からも、経済界を挙げて賃金上昇に取り組もうという強い姿勢が見えます。 日本は長らく、賃金が上がらない国といわれてきました。下の図は、物価上昇の影響を考慮した「実質賃金」の推移です。これを見ると、長期にわたって低落傾向にあることが見て取れます。賃金が上がってこなかった要因として、年功色の強い給与体系や、成長産業への労働力移転が十分に進まないこと、生産性が高まっていないことなどが挙げられます。

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きっかけは世界的な物価上昇

そんな日本でなぜ今、多くの企業が賃上げを打ち出しているのでしょうか。 その理由は大きく2つに分けられそうです。1つは物価の上昇です。新型コロナウイルス禍によって工場を稼働できなかったり従業員が退職したりして生産能力が落ちた一方、巣ごもり需要の高まりなどによって需給のバランスが崩れました。さらにロシアによるウクライナへの侵攻に伴う世界的な混乱や経済制裁もあり、エネルギーや食料品などの価格が高騰。世界各国で深刻なインフレが進んでいます。 米国や欧州ではインフレを抑制するために利上げに動きましたが、日銀は金利を抑制し続けています。結果として、より金利の高いドルを買って円を売る動きが強まったことから円安ドル高が加速。輸入品の価格が上昇し、その影響が昨今の食料品や消費財の値上げにつながっています。 総務省が1月20日に発表した2022年12月の消費者物価指数(CPI)は、前年同月比で4.0%上昇(変動の大きい生鮮食品は除く)しており、第2次石油危機の影響を受けた1981年12月以来となる上昇率(4.0%)でした。昨今の物価高騰を受けて、岸田文雄首相も今年の年頭記者会見において、「インフレ率を超える賃上げの実現をお願いしたい」と経済界に強く呼びかけています。

「人手不足」も賃上げを後押し

賃上げを後押しするもう1つの大きな要因は、少子高齢化に伴う人手不足の深刻化です。生産年齢人口が減り、多くの企業が人材を確保しようと取り組みを加速しています。国立社会保障・人口問題研究所は、2040年における日本の生産年齢人口が20年比約2割減の5,978万人になると推計しています。今後さらに人手不足が深刻化しかねない状況で人を集めるには、魅力的な給与体系が重要な要素となります。 また、グローバル化とデジタル化の進展により、優秀な人材を奪い合う競争相手は国内に限らなくなりました。特にIT関連の技術者は世界で人材需要が高まり、給与も高くなる傾向にあります。日本の給与水準が伸び悩む間、欧米先進国との賃金格差は広がり、日本よりも賃金水準が低かったアジア諸国との差も縮まりました。勤務先としての日本企業の魅力は相対的に減衰しています。ファーストリテイリングが「世界水準での競争力と成長力を強化する」ことを報酬改定の理由に挙げたのは、こうした状況も意識してのことだと見られます。

賃上げの持続には成長が不可欠

では、賃上げの波はこれからも続くのでしょうか。短期的には、物価上昇に対応し従業員の生活を支援するための動きは相次ぎそうです。しかし、企業が新たな価値や成果を生んでいけなければ、いずれ賃上げは息切れします。 そもそも日本経済が順調に成長しているというわけではありません。技術革新や社会変革のスピードが速まっているなか、持続的にイノベーションをもたらしたり、新たな価値を創造したりするためには、これまで以上に優秀な人材の確保がカギを握るといわれています。 ファーストリテイリングや経団連の十倉会長のコメントからも、賃金上昇は「人材への投資」だという側面が強くにじんでいます。また、従業員自身も必要に応じて自己投資をし、新たなスキルを取得するといった努力をより一層求められる可能性があります。 スキルや意欲の高い人材を確保した企業が成長し、その恩恵として賃金が上昇して従業員が自らに投資をする――。こうした循環が生み出せない企業では、賃金引き上げがあったとしても一過性のものになりそうです。 本記事についての簡単なアンケートにご協力をお願いします。 アンケートはこちら

掲載日:2023年2月21日