メルカリに転職した元農水官僚 「公務員の強み、探し続けた」

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「公務員として民間企業に貢献できるスキルとは何か」。2021年、農林水産省から株式会社メルカリに転職した早坂光春さんは、転職活動を始めたばかりの頃、そう自問したといいます。自分の経験やスキルの棚卸し、今後のキャリアを見つめ直し始めてから1年、さまざまなヘッドハンターと対話するなかで、自身の中に眠っている「公務員」として培ったスキルに気づきました。

目次
  1. 獣医学部から農水省へ
  2. 公務員時代に培ったスキルを民間企業へ
  3. DXが開く「官と民の間」の仕事

<お話を伺った方>

名前:早坂 光春(はやさか みつはる)32歳

現職:株式会社メルカリ(2021年10月〜)

獣医学部から農水省へ

前職は農林水産省にお勤めでした。どんなお仕事をされていたのですか。

私は大学時代に獣医師の資格を取得しましたが、臨床の道は選ばず、パブリック(公的)サイドの職業を選択しました。同じ学部の周囲のほとんどが獣医師の道を歩んでいますが、少数ながら省庁に勤める先輩などもいたので、スコープに入ってきたという感じでしょうか。社会課題に対してさまざまな角度からアプローチを仕掛ける役所の仕事に魅力を感じて、新卒で農林水産省に入省しました。 入省後は主に畜産分野を担当していました。ちょうど入省した2016年、TPP(環太平洋経済連携協定)が12カ国で署名された直後という時期で、国内の畜産農家への影響や対策などに関する国会審議の対応に追われていました。そのほかには民間団体・地方自治体からの陳情に関する業務や、畜産分野の環境負荷軽減対策などにも携わりました。とにかく上司のもとで、日々忙しく過ごしていたように記憶しています。 その後、大臣官房で農林水産行政の方向性を取りまとめる仕事をしました。テーマは多岐にわたり、「国産農産物の国内外への販売促進」「農村の維持や魅力発信、需要に応じた生産に向けた環境作り」「ドローン等のスマート技術の実装」などです。

その後10年間の農業の方向性を示す基本計画の策定にも携わりました。一般の企業では中期経営計画にあたるようなものだと思います。これらを関係者とすり合わせながら、進めていくという業務です。多くの関係者と議論を重ねながら仕上げていくプロセスに関われたことは大きな財産になったと思います。

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そちらから、民間企業へ転職された理由を教えてください。

省庁の仕事は大変忙しくはありましたが、まさに国の方針を考えることができる、非常にやりがいのある仕事でした。TPPやSDGs(持続可能な開発目標)といった国の単位を超えた大きな仕事に関われる時期で、タイミングという意味でも恵まれていたと感じています。

ただ、政策決定など自分がした仕事の影響を直接受けるのは個々の農家だったりするわけですが、省庁の仕事をしていると、なかなかそういった方々の顔は見えません。どうしても現場との距離が遠く、仕事に「手触り感」がないことが気になっていました また個人の話をすると、学生時代からチャレンジ精神は強いほうだったと思っているのですが、どこかそれを押し殺して仕事をしていたようにも思います。責任の所在が自分を超えたところにあるためで、役所の性質上、仕方ないことなのかもしれませんが、そうした部分にモヤモヤとした思いがありました。 別の可能性を考え、視野を広げるためにビズリーチに登録しました。ただ、どうしても転職したいという事情ではなかったので、活動ははじめ「来たオファーを眺める」だけの、受け身のスタイルでしたね。自分からは積極的にアクションは起こしていませんでした。

公務員時代に培ったスキルを民間企業へ

公務員から民間企業への転職活動で戸惑ったことはありますか。

そうですね。転職活動の開始当初は自分がこれまでやってきた業務と、それを通して身につけたスキルの棚卸しをしました。でもそうしたスキルを民間企業に対してどうアピールするのかが最も難しいところでした。自分のキャリアの希望などもまとまっていない状況ですので、「うちの会社にどんな貢献ができますか」という基本的な質問の回答を考えるところで止まってしまいました。 省庁で忙しく一生懸命働いてはいましたが、企業の営業のように目標の数値があってそれに対してどうだった、というような定量的な言い方は難しいわけです。でも、じゃあどう表現すればいいのか、となるとこれがよくわかりません。例えば、「国際協定や法案を国会で通しました」と話しても、多くの方はそれがどういうことなのかピンと来ないと思います。自分の価値をどう伝えたらいいのか、なかなかわからない状況でした。

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うまくいくようになった転機があったのですか。

何人かのヘッドハンターの方とお話ししながら、少しずつ身につけたスキルを洗い出していたのですが、ある方との会話のなかで「利害関係の調整」という言葉が出てきたんです。それがとてもしっくりきました。「なるほど、自分がしてきたことは利害関係の調整なのか」と。 「何を当然のことを」と思われるかもしれません。利害調整とは一定のルールがあるなかで、利害の対立する関係者の落としどころを見つけるということですが、それってまさに省庁での仕事の本業ですからね。でも当時の私からすると当たり前すぎて、それを「強み」とは認識できていなかったんです。 事業をしていれば、どんな企業でも社内外でさまざまな利害関係が生じるわけですよね。それを調整するというのは、「商品を売る」とか「経理をする」とかといったことと同じように、さまざまな組織が共通して必要とする機能です。そう考えると「利害調整の専門家」としての自分の姿が見えてきました。その前の「いろいろやってきたけど、何をアピールしてよいのか分からない」という状態からすると劇的な変化でした。

その後の転職活動はいかがでしたか。

やはり希望が絞れてきますよね。「利害関係の調整」が強みだとすると、それを生かせる仕事や業界って何だろうと考えました。ぱっと浮かんだのは商社でしたね。あとはコンサルティング業界でしょうか。ただコンサルティングファームは面接も受けていましたが、農水省でしっくりきていなかった「現場感の弱さ」が解消されない印象があって、決めきれない状況でした。そこで、商社を考えるのかな、と思っていたところに目に留まったのがメルカリの「政策企画担当(PA:Public Affairs)」という求人でした。 「政策企画(PA)」は、関係官庁や業界団体などとコミュニケーションを取りながら、ルールメイキングに必要となる適切な情報を提供することで、議論に参加していくというのが代表的な業務です。そのような求人が私のところにくるなんて想定もしていませんし、最初は業務内容も明確にイメージできませんでした。でもヘッドハンターの方や面接官との対話を通じて、この職種に魅力を感じ、最終的には次のキャリアとして選択しました。

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DXが開く「官と民の間」の仕事

想定外のお仕事だったとのことですが、転職を決心されるまではどのような経緯だったのでしょうか。

メルカリで一番印象深かったのは、他社との面接の雰囲気の違いですね。企業理念にあたる「ミッション・バリュー」を定めていますが、どの面接官もそういった価値観や共通認識に対する説明を丁寧にしてくれました。また、今自分たちが感じている課題を率直に話してくれて、「一緒に仕事をすることになったら、この課題にどうやって取り組んでくれますか」といった問いの立て方にも、「こういうことを一緒にやってほしい」という気持ちが伝わってきて魅力を感じました。 仕事の内容は、自分の経験がまさに生かせる仕事だと思ったのでぜひお願いしたいという感じでしたね。こだわっていた「現場感」は、地方自治体と連携して地方活性化に資する取り組みを行っている、ユーザーの声を意識した施策を実施しているというお話を聞いて、納得できていました。また、農業者が農林水産物を販売することができるeコマースサービスをリリースするという話も聞いて、農水省で得た知識を生かすチャンスがあること、これが転職の決定打となりました。

今の仕事内容について、もう少し伺えますか。

端的に言うと、政府に対して法改正や政策を検討するうえで必要となる情報を提供して、われわれ事業者やお客様の実情を踏まえた内容にしていただく職種です。いわゆるロビーイングと呼ばれるものですが、従来のロビーイングのイメージは社益を守るための個別の折衝というものかもしれませんが、時には業界団体などとも密に連携しながら、自社以外のことも含めた「公益性」をもって動くこともあります。コミュニケーションが非常に重要な業務です。 DX(デジタルトランスフォーメーション)が注目を集めていますが、これまでバーチャル上にあった技術をリアルな社会に実装していこうとすると、旧来のさまざまな規制と衝突する場面が出てきます。そのようなケースで、関係省庁や業界団体と議論を重ねて、できること・できないことを整理していきます。その調整業務を担うのが私たち政策企画(PA)チームとなります。 当社の事業範囲のなかだけでも、消費者庁や金融庁、経済産業省、総務省など非常に多くの省庁と関わります。それほど今、社会のあらゆるところでデジタルの実装によるアップデートが進もうとしているのだと思います。だからこそ、必要とされる職種なのではないかと思っています。

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デジタル庁の発足もあり、官民で人材が行き来する「リボルビングドア(回転ドア)」というキャリアが注目を集めています。官民双方の仕事を経験するメリットは何かお感じですか。また、民間企業に転職して感じたギャップはありますか。

省庁が課す規制に対して、民間事業者や個人が不自由を感じるケースがあるかもしれません。でも、省庁のなかにいた立場からすれば、役所の職員は国民の安全を守りつつ、日本を豊かな国にしたいと思いながら非常に忙しく、懸命に働いています。その思いはおそらく民間の方とも同じだと思うんです。 確かに個別の話になると、なかなか検討が進まなかったり、昔からある制度が変わらなかったりということが起きます。それには必ず何か「原因」があるんです。新たな技術を導入した便利な社会を実現するためには、官民で連携しながら、どうすればボトルネックになっている「原因」を解消できるかを考えるのが重要です。官民両方の立場がわかるというのは、そうした「原因」の解消に向けて多角的な視点をもってアプローチできるという強みがあるのかなと思っています。 民間企業に移って感じるのは、やはりスピード感の違いでしょうか。特に当社では3カ月ごとに業務活動を評価されますので、常に何かに追われているような感覚はあります。でも、どんどんプロジェクトが前進していくのも同時に感じることができるので、今のところ、そのスピード感は心地いいですね。

今後のキャリアの展望はありますか。

今回の転職で、自分のキャリアに「こんな生かし方があるのか」と新鮮な発見をしました。個人的にはこれに非常に意義を感じています。少なくともしばらくは、官民をつなぐ「仲人」のような形で経験を積んでいければと思います。 先ほどもお話ししたように、そうした存在ってこれから多くの企業が必要とするのではないかと思っています。国と企業の真ん中に、新しく人が活躍する領域を作れればいいなと思いますね。 本記事についての簡単なアンケートにご協力をお願いします。 アンケートはこちら

撮影:横濱 勝博