人の「内なる世界」に花束を サブカルに救われた私がブックリスタでやりたいこと

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電子書籍のブックリスタで、新規事業開発に携わる本澤友行さん。幼い頃は病気で、入退院を繰り返していました。そんなバックグラウンドも関係してか、自身の仕事の軸は「全てのクリエーターが活躍しやすい仕組みを作ること」といいます。コンサルティング業界からキャリアを始め、Village Vanguard Webbed、クックパッドと異業種を渡り歩いてきた本澤さんが仕事にかける思いとは。

本澤 友行

(ほんざわ ともゆき)

栃木県出身。39歳。大学卒業後、リンクアンドモチベーションに入社。その後、排出量取引などを手掛けるカーボンフリーコンサルティングを経て、2015年にVillage Vanguard Webbed入社。サブカルチャー系商品のEC(電子商取引)の責任者などを経験。2017年クックパッド、2020年ブックリスタ入社。現在は同社の新規事業開発室室長。

仮面ライダーの記憶

病室のベッドの上ではいつも、仮面ライダーとウルトラマンの人形で遊んでいた。原作なら、決して出会うことのない2体のヒーロー。だが空想の翼の下では、自分の思い描くままに力を合わせて敵と戦わせることも、競い合わせることもできた。 小児病棟にあった「日本昔ばなし」などの本は、あらかた読んでしまっていた。大好きだった図鑑に出てくる怪獣は、最初のページから最後のページまで名前を覚えてしまった。本澤さんが入退院を繰り返していたのは、小学校に上がる前、もう30年以上も前のこと。スマートフォンも、携帯型の映像プレーヤーもなかった。

「コンテンツを消費しきっちゃっていたんですよね。だから自分で物語を作って遊ぶのが、最大の娯楽だったというか」 時は下り、2020年。本澤さんは前職のクックパッドから電子書籍のブックリスタに移った。それまでの経験から、自分が仕事を通じてどんなことをしたいのか、軸が定まってきていた。「何かを生み出している人を、応援する仕組みを作りたい。自分はずっと、世の中のサブカルと呼ばれるものに救われてきたから」

「変身したい」

幼少期に苦しめられた病気は悪性リンパ腫だった。免疫細胞であるリンパ球ががん化する病で、免疫力が下がるため「風邪を引いても死ぬかもしれないと言われた」。小学校に上がるまで入退院を繰り返したが、幸い病状は回復し、小学校には普通に通うことができた。だが同学年の友人に比べ体力はなく、学校はしばしば休んだ。多くの親が、子供には「テレビなんか見ていないで、外で遊んできなさい」と言っていた時代。本澤さんはテレビでアニメを見たり、本を読みふけったり、室内で過ごすのをとがめられることはなかった。

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入院を繰り返していた子供のころ 仮面ライダーやウルトラマン、漫画では「らんま1/2」が好きだった。「変身したい」「遠くに行きたい」。そんな思いが、小さな胸に満ちていた。 小学校低学年から、英語劇をする地域の劇団に入った。経緯は「よく覚えていない」。自分でやりたいと言った気もするが、大人になったあと、母が若い頃に演劇をしていたと知った。母はそんなことは口にしなかったが、何かしらの紹介があったのかもしれない。 別の存在になれ、物語を作ることもできる演劇は楽しかった。中学時代に少し離れたが、高校時代に再び参加するようになった。読書好きは幼い頃から全く変わらず、進学先に立教大学を選んだのは「図書館の雰囲気にひかれたから」だった。大学時代は、シリア、イラン、ミャンマー、ネパール、中国、ラオスに滞在し、「遠くに行きたい」思いを実現してきた。

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学生のころ 就職活動には意欲が湧かなかった。演劇の役に立てば、という感覚だった。いくつかあった内定の中で、就職先に選んだのはコンサルティング会社のリンクアンドモチベーションだった。 ただ、いざ始めてみると仕事は意外と面白かった。ゲームや金融の領域で個別企業の担当をしていたが、ほどなく「もっと大きな枠組みで仕事をしたい」と感じるようになる。2社目に選んだのは、公的機関や企業向けに排出量取引などの導入や自治体の計画策定支援を手掛けるカーボンフリーコンサルティングだった。

やりたいことを仕事に

コンサルティング業界には合計で9年間、身を置いた。企業や自治体などに関わることで、ビジネスや世の中の仕組みは見えたが、事業に関わっているという「手触り感」は薄かった。「ある程度の仕事はできるようになった」との自信もついたが、一方で、幼い頃からの関心がむくむくと膨れ上がっていた。「クリエーター向けの仕事がしたい」 転職先の目星はついていた。出張で地方に行くたび、現地で店舗を探して立ち寄っていた「書店らしくない書店」、ヴィレッジヴァンガードだ。「店舗の権限が強く、店ごとに品ぞろえや陳列が全く違う。何より店が面白かった」と本澤さん。同じグループでECサイトを手掛けるVillage Vanguard Webbedに入る。 同社では、新入社員も含めて「自分で仕入れた商品の売り上げ」が評価指標の一つだった。「いかに他の人が知らず、特定の人に深く刺さる商品を仕入れるかが勝負」(本澤さん)。もともと変わったものを作っているクリエーターなどには興味があり、SNSなどで情報収集していたため、そうした商品を探すのは得意だった。映画監督のティム・バートン氏による日本限定販売の画集、マンガに登場するアイテムの商品化グッズ…。同社に在籍している間、個人とマネジメント範囲に課せられた売り上げ目標は、全期間にわたって達成した。

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ヴィレッジヴァンガードの仲間と ECで商品が売れれば、間接的に作り手を応援することになる。グループ全体としては会社の利益を重視する姿勢だったが、本澤さん個人の思いとしては「クリエーターファースト」で事業運営をしており、グループ会社や社内でぶつかることも多かった。「作りたいものを作り、面白いものを面白がる人が肯定されてほしい」。そんな気持ちだった。 料理レシピサービスのクックパッドを次の職場にしたのも、同様の思いからだった。同サービスにレシピを投稿するのはほぼ一般人だが、同社では投稿者のことを「作者」と呼んでいた。CGM(コンシューマー・ジェネレイテッド・メディア、消費者生成メディア)という言葉が世の中に広がってきた頃。「一般の人が自分の個人的な好みを外に共有し、認められる仕組みを提供していることが、自分に合っていると感じた」。本澤さんは同社に入り、新規事業の動画コンテンツや配信サービスを手掛ける子会社で部長職を務めた。

「クリエーターの支援を」

ヴィレッジヴァンガードでEC、クックパッドで動画コンテンツに関わり、本澤さんは自身の関心が「クリエーターたちの支援」にあるという確信を深めていった。そして同時に、自身の内なる情熱が子供の頃から絶えず接してきたサブカル領域に向かっていることにも気づいた。 「本が好きな人が多くてサブカル領域に理解がある会社で、新規事業ができるところはないか」。そう思って、転職サービスに登録した。いくつか紹介会社の担当者と話し、希望を伝えたが「ほとんどの方に不思議そうな、困ったような顔をされた」という。「出版社や電子書籍とは違うのか」と聞かれたりもしたが、「書籍の事業をしたいわけではないので、違いますね」と答えると、その後、連絡は途絶えた。 いくつかの会社の社長と面談をくり返し、「難しいのかな」と考えていたとき、1人のヘッドハンターが本澤さんの希望に「ご希望に合いそうな求人がありますよ」とうなずいた。それがブックリスタだった。電子書籍に関する各種事業を展開している会社で、募集ポジションは「新規事業」ではなかったが、面接で「こういうことがやりたいんだ」という事業アイデアを訴えると、希望を受け止めてくれた。

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ブックリスタでの仕事に対する思いを語る ブックリスタで手がける新規事業には、「個人の『面白い、好き』と思える気持ちを肯定したい」という本澤さんの思いが強く表れている。 好きなタレントやキャラクターの「推し活」を支援するアプリ「Oshibana(オシバナ)」。SNSなどで自作の短いマンガを公開している人たちを支援するサービス「YOMcoma(よむこま)」。 根っこにあるのは、「1人が熱狂するほど好きなものは、他人にとっても面白いし、周囲を巻き込む力がある」という信念だ。実際、「Oshibana」はユーザーの口コミで世界中に広がっている。 21世紀に入って、インターネットの普及とともに「娯楽の王様」とも呼ばれたテレビ放送の影響力は弱まった。「メガヒットが生まれにくい時代になった」「クリエーターが生計を立てにくくなった」と指摘する向きはある。だが本澤さんにしてみれば、多種多様なコンテンツが放つ輝きは、幼い頃から少しも色あせてはいない。 大手マスコミによる「メガヒット」は生まれにくくなっているかもしれない。だがその一方で、もっとプライベートで局地的な「熱狂」に、人々は関心を寄せるようになってもいる。「そういう意味では、いい時代に生まれたなと思います。1人の熱狂が世の中に認められやすくなったし、多くの作り手に関心が分散するようになったと思うので」 人の内なる世界が放つ色は、千差万別だ。中には沈んだ色に見えるものもあるかもしれない。だがそれを一つ一つ紡ぎ、重ね、関連づけると、まるで花束のように新たな価値が生まれる。本澤さんが開発したアプリ「Oshibana」の名前の由来の一つは、幸せな感情を抱くときに人の心に咲く「花」だという。本澤さんが仕事を通じて作り上げようとしているものは、人の多様性と創造性に対する祝福の花束に違いない。 本記事についての簡単なアンケートにご協力をお願いします。

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文:中川 雅之 写真:横濱 勝博 掲載日:2023年1月10日