IT大手からトヨタへ 「想定外」の異業種転職 ヘッドハンターが広げた可能性

「想定外」の異業種転職ヘッドハンターが広げた可能性

小谷典弘さんは2021年、それまで11年勤めた大手IT企業から全く未経験の自動車業界に転進することを決めました。ビズリーチに登録した2018年時点では、「転職すること自体も本気で考えているわけではなかった」と言います。そんな小谷さんがなぜ、不安も大きい業界外への転職を決めたのか。入社から2ヶ月が過ぎた頃、お話を伺いました。 <お話を伺った方> 小谷 典弘(こたに のりひろ)36歳 現職:トヨタ自動車株式会社(2021年5月〜)

目次
  1. コロナでキャリアを見直し
  2. 想定外の企業からのオファーに「戸惑った」
  3. 年収増で待遇面の不安なく
  4. 「情報のあるなしで、人生の選択肢が変わる」

コロナでキャリアを見直し

前職の大手IT企業には11年お勤めでした。なぜ転職を考えたのですか。

正直なところ、ビズリーチの登録時点では転職は全く考えていませんでした。

当時は前職の企業で8年目、仕事の内容や待遇にも不満はありませんでした。ただ自分も30代半ばに差し掛かり、ふと自分の転職市場での価値を知りたくなったんです。

そうした動機でしたので、その時はいくつか届いたオファーを見て、求められる経験やスキルとそれに対する報酬が現状とあまり変わらないことを確かめたら活動をやめてしまいました。

ログインを再開したのは2020年の秋、きっかけはやはり新型コロナウイルスの感染拡大ですね。仕事がリモートになり、同僚と顔を合わせない生活になって自分のキャリアについて自問自答するようなことが増えました。

前職に勤めていた10年ほど、楽しく仕事をしてきたけれど、さて10年後に自分はどうなっているだろうかと。今は不満を感じていないけれど、慣れもあってそのうち飽きが来るんじゃないかという思いがありました。

60~70歳くらいまで働くとして、まだ半分も過ぎていない。その時点では特にしたいことが明確にあったわけではありませんが、新しい可能性を探りたくなりました。

異業種転職

転職活動を再開した時は、はじめから別の業界に移ることを考えていたのですか。

いえ、同じ業界の同じ職種で考えていました。新卒でWebの制作会社に入社して以来、前職まで2回転職をしましたが、いずれもIT関連の業界でした。

若い頃は法人向けサイトのWebシステム開発、ある程度経験を積んでからは動画配信関連のWebサービスの運用や新サービスの立ち上げ、プロジェクトの進行管理や社内調整、開発チームのマネジメントなど、仕事の内容は年次を重ねるにつれて変化はありましたがずっとIT関連です。ですので、転職サイトの登録の際も自然に志望業界は「IT業界」にチェックを入れて絞り込んでいました。

すると当たり前なんですが、届くスカウトは基本的に同業種・同職種のものばかり。オファーがあること自体はありがたいのですが、「新しい可能性を探したい」という自分の思いからは距離があり、どれもしっくりきませんでした。

「スムーズに行かないな」と感じていた時、ある保険会社から「DX推進」という業務のオファーがきたんです。IT業界以外からのオファーは初めてで、それに心惹かれている自分に気が付きました。そこで初めて違う業界にもニーズがあるかもと思い、志望をITに絞ることをやめたんです。

想定外の企業からのオファーに「戸惑った」

トヨタ自動車様からのオファーが来た時は、どう感じましたか。

ヘッドハンターの方からいただいたのですが、最初は「なんで私に?」という印象でした。

実は私は学生の頃から車が好きで、新卒の時に自動車業界への就職を考えていたくらいです。

ですが今回の転職では自動車業界を希望していたわけではありませんし、個人的にトヨタはいわゆる「雲の上」の存在。まさか自分にオファーが来るとは考えていなかったので、嬉しいというよりは戸惑った感じです。

募集要項を見ると、求めるスキルなどは確かに自分にマッチするとは思いましたが、正直に言えば最初は自分がトヨタで働くイメージが湧きませんでした。

するとそんな私の思いを汲んでくださったのか、ヘッドハンターの方が「TOYOTA Developers Night」というエンジニア向けのオンラインイベントを紹介してくれたんです。雰囲気がわかるから、よければ見てくださいと。

結果としては、これが大きな後押しになりました。そのライブ動画には今の職場の上司も出演していたのですが、そこで話されていた内容や雰囲気で「自動車メーカーだけど、取り組んでいることはITと非常に似ているな」と感じました。

異業種転職2

印象が変わったわけですね。

はい。日本を代表する企業ですし、「お堅いのでは」といったイメージはありました。

機密情報が漏れないようにするため、こうしたWebでの発信には消極的なのではと思っていました。しかしその動画で、そういったイメージは覆りましたね。

自動運転をはじめ、自動車業界がハードからソフトへの大変革期にあるということは知識として知っていました。

カーナビやオーディオはもちろん、ハードで存在していたメーター類、ハードスイッチでの冷暖房や車両の設定などあらゆるものがソフト側で制御できるように変わりつつあります。

そうした進化を進めていくため、さまざまなソフトウエアの開発が必要で、そこはまさに自分の経験が生きる分野だろうと。業界は違っても、スキルを活かすイメージができるようになりました。

年収増で待遇面の不安なく

不安はありませんでしたか。

それはないと言うと嘘になります。でも確実にチャレンジングだし、トヨタの車に乗っているユーザーは世界中にたくさんいますので影響力も大きい。そう考えると、応募しない理由が自分の中でなくなりました。

選考が始まってからも、不安は薄れていきましたね。面接の担当者はすでに多くの候補者を選考していたのだと思いますが、対応は非常に丁寧でした。私も前職で面接官をしていたのでわかりますが、面接官も人間なので何度も面接をしているとどうしても雑な部分が出てきてしまう。

ですが、トヨタの面接ではそれがありませんでした。丁寧に人柄を見ようとしているのが伝わってきて、安心した覚えがあります。

それから、紹介してくれたヘッドハンターの方が非常に親身になってくれたのも後押しになりました。選考の対策を一緒に考えてくれたり、選考が進むと一緒に喜んでくれたり。トヨタの選考に入ってからは、純粋に楽しかったですね。

異業種転職3

待遇面はどのように変わりましたか。

給与としては、満足できる条件を提示してもらいました。妻は転職に際して任せてくれていましたが、子供もいるので、もし収入が下がるような条件だったら踏み切れなかったと思います。

入社から2ヶ月、お仕事はいかがですか。

コネクティッドカンパニーという部門の、デジタルコックピットソフト開発室という部署に主任として配属され、スクラムマスターという役割で日々業務をしています。

この部署ではスクラムという開発手法を取り入れており、「こういう機能を作りたい」ということを決めるプロダクトオーナーと、その機能を実装していく開発メンバーとスクラムマスターで1つのチームが構成されています。その中でチームの目的を達成するための活動を支援し、チームを活性化させるのが主な仕事です。

具体的には開発タスクの管理であったり、チーム内の会議でメンバーに発言や参加を促し、話の流れを整理して参加者の合意形成や相互理解をサポートする、いわゆるファシリテーションが主な業務内容です。仕事のイメージは入社前のイメージと一致していて、戸惑いはありませんでした。

ただやはり業界が異なるため、日々の会話の中で使われる言葉が全く違い、会議で話されている内容がわからないといったことはあります。でもこの2ヶ月で、とにかく意識してメンバーと会話するなどして、なんとか共通認識を持てるようになってきました。苦労の半面、新しいことにチャレンジしているという充実感も強くあります。

「情報のあるなしで、人生の選択肢が変わる」

転職の満足度は高いように思いますが、成功の要因をご自身ではどのようにお考えですか。

まずは転職すること自体を焦らず、自身の欲求をきちんと見つめて「新しいことに挑戦したい」という大事にすべき価値観が明確になっていたことがよかったと思っています。

実は新卒で入社した会社のあと、前職に移る前にもう一社経験しているのですが、正直に言うとこの転職は失敗でした。

結婚を機に年収を上げたいと思って転職を考えたのですが、今振り返れば、転職することが先に立ち、本音ではしっくりきていない中で行き先を決めてしまった印象です。結果、入社後すぐに自分のやりたいこととのズレを感じて、半年ほどでまた転職活動をすることになってしまいました。

この時の反省があったので、まずは自分の考えをはっきりとまとめることができました。それが、最初は考えていなかった他の業界という選択肢をしっかり受け止められた要因だったのだと思います。

コロナ禍というタイミングでの転職でもありました。お感じになったことはありますか。

想像もしないことが起きるということは、やはり実感しました。終身雇用という言葉がありますが、それを信じるのはいよいよ難しくなってきていると思います。

どんな業界でも、時代の変化によって危機もチャンスも訪れる可能性があります。だからどんな業界や職種で、人材需要が盛り上がるのかわかりません。

最終的には運もありますが、今回、はじめは考えていなかった異業種への転職の可能性を知り、情報のあるなしで人生の選択肢が変わることを実感しました。

新卒の頃、自動車業界への就職には憧れていましたが、情報系の学科で自分が積み上げてきた専門分野とのマッチ度が低く、あまり現実的な道ではないと思って諦めました。

そこから15年ほどで、別の道に進んだ自分の経験やスキルが求められるような未来が来るとは思いませんでした。

今回、自分は運よくいい形になりましたが、世の中の変化はそれほど大きく、早いのだと思い知らされました。アンテナを広く張ることと、自分で可能性を狭めないことは大事だと思います。

異業種転職

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撮影:横濱 勝博