「市場価値を知るため」の転職活動が増えた
新型コロナウイルス感染症の流行は、私たちの働き方や仕事の進め方に大きな変化をもたらしました。転職にも影響は出ているでしょうか。
佐藤 影響は大きいですね。この2年間は、優秀な人材がなかなか動かなかったというのが本音です。転職の話が進んでも、辞退された方が多い。コロナ禍が終息するまで、少し様子を見ようと考えたようです。 小野 私のところも、内定辞退が多かったですね。家族に反対されたり、現在の会社で強く引き止められたりすることが増えました。ただ、スカウトへの返信を見ると、「今すぐの転職は考えていませんが、関心はあるのでお話を聞かせてください」という内容が増えました。以前は3割ほどだったのが、いまは6割ぐらいでしょうか。コロナ禍の状況下での転職には多少の不安を覚えるが、転職情報は欲しいということです。 佐藤 転職市場が活気を失った点では、リーマン・ショック後の2009年に近いですね。当時は産業界全体が採用を手控えて、人材紹介業も大打撃を受けました。現在は、IT業界に代表される業績がいい会社は採用に積極的です。長年の経験からいうと、企業が新卒採用を抑えたときは、その反動で翌年に経験者採用が活発化します。2022年は、新卒採用も含めて大きく動くのではないかと期待しています。 高本 リーマン・ショックのときは、一気に景気が落ち込んで、それ以前の水準に回復するまで数年かかりました。新型コロナの場合は、感染者数に連動するのでボラティリティー(変動)が大きいですね。2021年に入ってから、企業の採用意欲は急激に高まっています。弊社でいえば、2021年1-3月期は、過去2番目に良い業績でした。去年の反動で各企業はこぞって採用を進めている状況がわかります。さすがに飲食業関連は少ないですが、IT業界、建設業界は一気に増えました。 佐藤 建設業界においては、例えば施工管理技士などの資格を持っている方は現在は引っ張りだこですね。 高本 おっしゃる通りです。建設業界の活況は数年続いています。比較的年齢を問わず、求められていますね。ただ全体的には、佐藤さんが言われたように新型コロナが拡大した当初は実際の転職はなかなか決まりませんでした。新型コロナをきっかけに転職を考えた人は多いでしょうし、実際、転職サイトへの登録は増えている。企業の採用意欲は高いからスカウトはたくさん来る。でも、最後の最後は求職者が決めきれない、そういう状況だったと思います。

地方への転職の流れをどう見ているか
佐藤 新型コロナによって、地方に目を向けた人たちはいると思います。コロナ禍以前にも、首都圏から地方の中小企業に転職する方がいました。自治体などもキャリアを積んだ方に地方に来てもらって、地域経済を活性化させてほしいと考えている。特に50代以上は、貢献意欲が高いから地方の活性化には関心が高い。新型コロナが広まり出した頃、「地方のほうがコロナ対策の観点で安全だ」とその流れが加速したように見えました。 高本 リモートワークが普及して、毎日出社しなくなったら、「東京にいなくてもいいんだ」と認識した人もいるでしょう。 小野 私がいる名古屋にも、東京から優秀な人材が移動している実感はあります。最近、名古屋駅で東京のヘッドハンターさんをよく見かけますし(笑)。それに、私が知る東海地方、関西地方の中小企業は、2代目、3代目と経営者が代替わりの時期を迎えています。経営がわかる方にサポートしてほしいという希望は以前より強くなっています。 佐藤 地方に移ると、年収はたしかに東京より下がりますが、そのぶん住宅費や物価が安いから暮らしやすい。新型コロナが収まっても、この流れは進むと予想しています。 高本 来年も引き続き企業の採用意欲が高くて、個人が転職の意思を固めるようになれば、人材流動は高まるでしょう。転職を望む人によっては、求人が多い現在は転職活動しどきです。 小野 設備投資や日銀短観の景況判断でもいい数字が出ていますから、業種によりますが、2022年は転職市場が活気を帯びてきそうです。特に新規分野に挑戦しているメーカー、グローバルビジネスが大きい商社などは採用意欲が高いですし、もちろんIT業界はさらに爆発しそうな印象があります。 高本 異業種への転職も含めて、今は転職のチャンスです。とはいえ、ポジションはだんだん埋まっていくので、転職を検討するなら早いほうがいいですね。人材紹介の業界でよく言うことですが、私たちは「転職」を勧めるのでなく、「転職活動」を勧めているんです。転職活動を通して、自分のキャリアを見つめ直し、自分の市場価値を知ることは必ずプラスになる。転職はリスクを伴うが、転職活動はまったくリスクはない。むしろ転職活動をしないほうがリスクがあるんですよ。

想像もしていなかった異業種へ転職
転職を考えるとき、同業種か異業種かで迷われる方がいます。同業種はスキルが共通することが多いし、業界知識も生かせる。一方、異業種は、新しい経験を積むことで成長につながる期待がある。ヘッドハンターから見て、同業種と異業種はどちらがいいのでしょうか。
佐藤 私は異業種同職種の転職をお勧めしてきました。例えばメーカーからサービス業へ転職するけれど、営業、経理などの同じ職種に就く形です。かつては同業他社へ同じ職種で転職するのが一般的でした。異業種へのアレルギーがあったんですね。でも、せっかく転職するなら、違う業種を見るほうがメリットがある。私自身も、異業種間の転職を経験し、それが非常によかったと思います。特に20代・30代は、新しい環境にすぐ適応できるし、キャリアの幅が広がります。私が候補者の方にスカウトを送るときは、異業種の会社をご紹介することは多いです。 高本 どの業界にもある職種、例えば経理、財務はそれが可能ですね。汎用性が高い職種は、年齢が上がっても門戸が開かれているし、年収が上がることも多い。ただ、転職を考えるときは、同業種か異業種かという区別を取り払ったほうがいいと思いますね。自分がやりたい仕事をよく検討して活動する。結果的に、同業種になることもあれば、異業種になることもある。「営業をやりたい」「経理をやりたい」と職種から入れば、業界は大きな問題ではないでしょう。 転職サイトのいい点は、異業種の会社からもスカウトを受けることです。むしろ、他の業界で磨いたスキルを生かしてほしいという求人は多いですよ。そこで、自分では気づかなかった市場価値が発見できる。本人が想像もしなかった業界からスカウトを受けて、転職に成功した例はいくらでもあります。業界についてはフラットに考えておくほうがいいですよ。 小野 求職者と面談していると、「これまでのキャリアにはこだわりません」という方がいます。新しい経験を通じてスキルアップ、キャリアアップを目指したい方ですね。例えば自動車メーカーから生菓子の会社に転職した方がいました。生産システムの知識と経験を生かして、製造や物流を改善していったんですね。まるで違う業界ですけど、キャリアの幅を広げたわけです。 これまでと違う職種を希望される方もいます。営業職の方から「管理系の仕事をやってみたい」と言われました。話を聞くと、そのために関連の資格も取っている。ただの憧れではなく、ちゃんと努力している方は推していきたいと思いますね。 佐藤 かつて就職氷河期を経験した世代が30代になって、本当は就きたかった仕事にチャレンジすることがありましたね。私は「リベンジ転職」と呼んで応援しました。ただ、企業側は経験を重視しますから、30代でも「異業種・異職種」への転職は慎重に進めたほうがいいでしょう。 高本 コンサルタントや研修講師は、いろいろな職種から入りやすいですね。電力会社で財務を担当していた方で、もともと教育関係に興味があって、大手の研修教育会社に転職しました。いまは研修講師となって、たいへん評価が高いそうです。年収も電力会社の頃に比べて大幅に増えたようです。電力会社の財務担当者だった頃には想像もつかなかったと思います。研修講師はおのおののビジネス経験が生かせますから、業種も職種もかなり幅広い求人があります。そういう転職先があるとは、本人が気づかないこともある。そこが、転職サイトやヘッドハンターが役立てるところだと思いますね。

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構成:伊田 欣司 撮影:市来 朋久