求人は活況だったが、転職者はそこまで伸びず
2023年、企業と求職者それぞれの動きは、2022年と比較していかがでしたか。
亀谷(敬称略、以下同じ) 金融業界でいうと企業の求人は微増、といった感触です。採用に対する企業の熱意は非常に感じます。ただ、どの会社も苦労しているといいますか、十分に採用できているとはいいがたいです。社内で満たせない経験を持った人材を欲しがっていますが、求職者の動きでいうと、ほかの業界から金融業界に入ってくる転職者より、金融業界からほかに移る方が多いですね。 新美 製造業では求人は明らかに増えていて、2023年は前年比で2割ほど増えたと思います。製造業のなかでも業種によって差はありますが、特に自動車などは「走るスマートフォン」とでもいうようにハードウエアからソフトウエアへの流れが加速し、関連スキルを持つ方の採用ニーズが高まっています。そのほかにも「環境」や「物流問題」など旬なトピックスに関わる人材のニーズは引き続き高いです。 一方、求職者側の動きは、当社に登録してくださる方の数は求人と同じくらい増えているのですが、最終的に合意に至った転職者数は登録者の伸びほどではない印象です。亀谷さんのお話にもありましたが、企業の採用熱は高いものの、ハードルを下げているわけではないことが要因かと思います。 伊東 コンサルティング業界の求人は昨年に引き続き活況でした。求職者のキャリア形成に対する意識や、年収水準が高い業界ということもあり、転職を希望される方も多いです。足元で起きている変化でいうと、大手だけでなく、昨今台頭している新興系の独立コンサルティングファームに転職する人が増えた印象があります。
企業の採用意欲は強いが選考基準も高いとなると、特定の「モテる人」に、よりオファーが集まりやすくなっているといえるのでしょうか?
伊東 そう思いますね。多い方ならスカウトを何百通と受け取っていますが、決して珍しいことではありません。例えばIT分野でいうとAIやセキュリティといったスキルを持つ、いわゆる「モテる人」からすればかなりの売り手市場です。

亀谷 その傾向は強いと思います。会社や業界などを超えて生かせる、いわゆる「ポータブル(持ち運び可能な)スキル」がある方にとっては、非常に売り手市場だと思います。ただ、そうした方は選択肢がありすぎて「選ぶのが大変」ということになります。個人がすべての会社について調べることは難しいので、そのあたりにわれわれの介在価値があるなと思っています。 新美 「求められる人のところに求人がより集まるようになっている」というのはその通りだと思います。ということはその反対もしかり、なかなかスカウトや内定にたどり着けない方もいるということです。われわれの介在価値という話もありましたが、個人的には「今すぐに転職を考えるだけが正解ではない」ということを求職者の方によく伝えます。例えば「あなたの経験なら、こうしたスキルを身につけてからのほうがよりいい条件でキャリアを築ける」といったアドバイスをします。特定の方に求人が集まりやすいということは、いかにその条件を満たすかが求職者にとっては大事になりますから。
求人が一部の方に偏っているとすれば、それ以外の方へのケアやアプローチは重要になりそうです。
伊東 求職者との面談では、キャリアを一足飛びで考えないほうがいい、ということを伝えることがあります。例えばITコンサルタントへの転職を志望しているSIer(システムインテグレーター)の方で、経験としては運用保守が多く、コミュニケーションの相手も社内が中心だったという方の場合。いきなりITコンサルタントにチャレンジするのではなく、社内で別の領域を担当するとか、お客さんとの接触機会が多いシステムエンジニア職にキャリアチェンジするといった選択肢を提案することもあります。 もう一つ別の方法は、まだ転職市場で経験者の少ない分野のスキルを磨くことです。例えば、生成AIなどはこの一年で一気に広がりましたが、この分野で経験を積んだ人材はほとんどいません。そのため、専門家でなくともある程度の素養が認められれば採用されるケースがありますので、新領域に積極的にチャレンジするのも手だと思います。 亀谷 新しい可能性を見るのは大事ですよね。同業での転職に魅力がないわけではありませんが、今はいろいろな業界で求人の数が多い状態だと思います。過去の経験を生かすことだけにこだわりすぎると、外にある新しい可能性に気づけないこともあります。業界やレイヤー(職位)などを超えて、幅広く検討してもいいのではと感じます。
日々の業務の中にも「リスキリング」の種
この1~2年、大きな注目を集めている「リスキリング」にも通じるお話かと思います。個人のキャリア形成意識は変わってきているでしょうか。
新美 確かに意識的にキャリアについて考える方は増えてきたと思います。「今ある知識に何を掛け合わせれば自分の価値を最大化できるか?」というご相談が増えていることからもそれは明らかです。背景として、「今すぐの転職でなくとも、市場価値を知るために動いてみる」など、気軽に転職サイトに登録する空気が世の中に醸成されてきたことの影響も大きいと思います。ただし、二極化しているといいますか、「リスキリング」という言葉は飛び交っていますが、現状に危機意識を持ち自分で行動ができる人は、そもそも転職市場で人気がある印象です。

伊東 コンサルティング業界だと、ある分野で培った専門知識を生かして未経験で入る方も多いので、そういう意味では、皆さん自然にリスキリングをしているといえてしまうんですよね。ただ、採用企業側からすると「入ってから成長しよう」という人材は決して喜ばしいわけではありません。もちろん未経験の方でもいいですし、そうした方は入社後に成長されるわけですが「勉強する場」ではなく、きちんと成果を出して貢献するという意識は不可欠ですね。 亀谷 リスキリングというと、IT系の資格を取得する話が想起されやすいと思います。もちろん資格は分かりやすいのですが、転職市場で重視される能力を磨くという意味でいうなら、必ずしも資格のあるなしだけで測られるものではありません。ましてや昨今、AIの発達で定型的な業務がどんどん省人化される流れを考えると、自分の持ち場で業務をいかに改善したか、創意工夫で貢献したかといったことが問われるようになります。そうした改善を積み重ね、実績の再現性を他人に語れるようにすることなど、日々の業務から学ぶことも立派なリスキリングだと、お伝えすることはあります。
50歳前後で、銀行に中途入社するケースも
「リスキリング」は50代など年齢が比較的高い層の活躍推進の観点でも語られます。この世代の転職事情をどうお感じでしょうか。
亀谷 間口は広がってきていると思います。担当している金融業界では人事制度自体を変え、従来の制度にはなかった年俸制の雇用形態を導入するといった動きが活発です。実際、50代で銀行に転職される方も出ています。商社でも「五大」といわれるような大手がこの2~3年で管理職クラスの中途採用に積極的になり、その第1陣の方々が社内で活躍されているくらいのフェーズです。産業の移り変わりが早まり、社内での人材育成では追いつかず、その結果、中途採用が増えている状況です。

新美 亀谷さんの担当されている金融業界ほどではないものの、メーカーでも50代の方の採用ニーズは確実に広がっています。自動車業界でいえば、「100年に一度」といわれるビジネスモデルの大変革に伴い、「サイバーセキュリティ」や「ブロックチェーン」の専門家など、従来は業界にいなかった即戦力人材の確保が喫緊の課題となっていて、こういった領域では、50歳前後のベテラン層にこそ強いニーズがあります。 とはいえ、メーカーにはまだまだ保守的な部分があるかもしれません。メーカーでは「リスキリング」という言葉は主に、今社内にいるベテラン層に再び活躍してもらう、あるいは居続けてもらう文脈で使われています。多くの企業が導入し始めている「ジョブ型」の人事制度がより浸透し、年齢などに関係なく業務内容や職責が決まる仕組みになれば、変わってくるのかもしれません。 伊東 コンサルティング業界では大手のファームから新興系ファームへ経験豊富なコンサルタントが移っていく動きが活発になっており、50代の方にも当てはまります。以前は、50代からコンサルタントというのは体力的に厳しいのではと考えられていましたが、働き方改革やリモートワークの流れもあり、コンサルティングファーム自体が長く働ける環境になっています。採用側も、創業者が40代で若い場合、経営の相談に乗ってもらえる人に入ってほしいということもあり、役職定年を迎えられた方などに声をかけることは少なくありません。 第2回に続きます 本記事についての簡単なアンケートにご協力をお願いします。 アンケートはこちら
掲載日:2023年12月25日