人生の転機に立ち会える仕事がしたかった
社会の主役をたくさん生み出すプラットフォームを作りたい―。 藤本あゆみさんのキャリアには、そんな思いが通底している。 「高校生の頃はドキュメンタリー番組を制作したいと思っていたんです」。当時から自分が主役になることよりも、主役として輝く人を支えたいという思いがあったのだろう。
映像制作を学ぼうと大学はコミュニケーション学部に進学。だが、学べば学ぶほど、自分で番組を作るまでの道のりは長く、過酷であることを知り、心が揺らいだ。
「実際にアルバイトなどで映像制作の現場に行って、そこで人生を賭けて制作に取り組む人たちを見て、私にはそこまでの覚悟はないなと思いました。そこから気持ちを切り替えて就職活動をし、人材系の企業に就職しました。ドキュメンタリーと同様に、人生の転機に立ち会えると考えたからです」
入社後は求人広告媒体の営業職を担当。早くから頭角を現わし、入社3年目にしてマネージャーに昇進する。仕事を通して、たくさんの人生が変わる瞬間に立ち会った。それはわずかでも、社会が変わる瞬間になっているということに気づいた。その実感は、その後の藤本さんのキャリアに影響を与えた。
その後、結婚を機に、2007年に検索プラットフォームを運営するグーグルに転職。当時グーグルで何かを成し遂げたいという具体的な目標があったわけではない。「せっかくなので想像もつかないような仕事をしてみたいと思って、まだ日本での知名度が低かったグーグルに就職することに決めました」と藤本さん。自分を生かせる場を探した結果、たどり着いた選択だった。
グーグルで営業などを担当した後、入社8年目にその後の藤本さんの人生に大きな影響を与えることになるプロジェクトに参画した。それが、「Women Will」プロジェクトだ。時間や場所、ライフスタイルの変化にとらわれず女性が活躍できる社会の構築を目指すという、社外も巻き込んだプロジェクトだった。当時のグーグルでは、グローバルで見ても女性のエグゼクティブが少ないことが問題視されていた。
「次の新しいチャレンジを探していたときに、当時のプロジェクトチームのスタッフが声をかけてくれました。その時、日常とその変化を描くようなドキュメンタリー番組を作りたかった昔のことを思い出して、働く女性の日常に何か変化を起こすようなことに携わりたいと思ったんです」
Women Willプロジェクトはリモートワークをはじめとした柔軟な働き方などについて、社外の企業とともに実証研究を行い、その結果をコンテンツとして配信。女性が働きやすくなるアイデアの収集も行うプラットフォームとして拡大した。このプロジェクトはグーグルのアジア太平洋地域共通の取り組みとして今も継続されている。
誰もが働きやすい社会の実現を目指して
藤本さんは2016年にグーグルを退社し、金融系のスタートアップへ参画。それと同じ時期に仲間4人とat Will Workの設立を進めた。
「グーグルのWomen Will プロジェクトで出会ったメンバーと一緒に、企業の枠組みにとらわれない活動ができないかと考えたんです。Women Willプロジェクトでは女性が働きやすい環境づくりを進めていましたが、女性が働きやすい環境って、すべての人にとって働きやすい環境だったんですよね。だからグーグルという枠組みを超えて、みんなでこの続きをやろうと。世界の企業を調べてみるといろいろな働き方があるのに、日本企業の多くは朝から晩までみっちり働く画一的なスタイルの会社がまだまだ多かった。それで成果が出るのならいいのですが、むしろそのほうが労働生産性が低いというファクトも出てきていた。このままでは日本全体の企業活動としてはまずいんじゃないか。多様で自由で生産性の高い、未来の働き方について考え模索する場を作ろうよと、社団法人化を決めました」
at Will Workはすぐに多くの賛同者を集めた。働き方改革を模索する企業の経営者や役員、政治家、学者、作家、医師などがサポーターとなり「働き方を考える」輪が広がっていった。2017年2月15日に東京・虎ノ門ヒルズで第1回を開催した「働き方を考えるカンファレンス」には、40人を超えるパネラー、600人を超える参加者が集まった。
ちょうど政府が女性活躍推進法を制定し、一億総活躍社会の実現に取り組み始めた時期であり、時流に乗れたこと、その後、推進される働き方改革を先取りしていたことも活動拡大の後押しとなった。「当時はまだ同様の活動をしている団体が他になかったんです。しかも、どこかの企業の色がついた業界団体ではなかったため、利害関係がない人たちが集まりやすかったのではないでしょうか」
18年、19年のカンファレンスではさらに多くの登壇者と参加者を集め、コロナ禍の状況下でもオンラインによる活動を続けたat Will Workだったが、5年目を迎えた2022年5月に活動を終了する。「最初から5年で終了する予定でat Will Workを立ち上げました。5年間で思い切り盛り上げてプロジェクトを加速させること、そして終わりを設定することで進捗を常に意識しながら取り組むことが狙いでした」と藤本さんは活動終了の理由を語る。
成功裏に終わったat Will Workの活動。くしくもコロナ禍によって働き方の多様化、働き方の自由化は一気に進んだ。さまざまなワークスタイルが、未来の話ではなくなった。
達成感はあった。それと同時に、次に自分がやりたいことはなにかを考えるようになった。これまで、人材企業、グローバルカンパニー、スタートアップに勤務し、またat Will Workの活動を通じて、世界と日本のたくさんの企業を見てきた藤本さんの心に残ったのは、日本のスタートアップの環境を良くしたいという思いだった。いくら働き方を変えても、企業の成長がなければ日本の社会は良くならない。スタートアップの成長を促すプラットフォームで働きたいと思った。
スタートアップが成長するエコシステムを作りたい
藤本さんは2018年、Plug and Play Japanに転職。現在、執行役員CMOを務める。2006年に米国シリコンバレーで生まれたPlug and Playは、スタートアップを支援し、大企業と結びつけるプラットフォーム。VC(ベンチャーキャピタル)として投資を行いながら、資金や契約先が欲しいスタートアップと、技術や人材、投資先を求める大企業をイベントなどを通してマッチングする。藤本さんは日本支社が立ち上がって半年後に入社した。
「1つのプロジェクトに集中するのではなく、さまざまな企業と一緒に多くのプロジェクトに携われることが魅力でした。情熱を持って何かをやりたい人を横にいて支える。それこそが、まさに私がやりたいと思っていた仕事だったんだと気づきました」
Plug and Playでの仕事を続けていくうちに、スタートアップを支援したいという藤本さんの思いは強くなり、ついには社外で新しい組織を立ち上げる。それが、スタートアップエコシステム協会だ。スタートアップ企業のほか、ベンチャーキャピタルや大手企業、行政などが参画し、情報交換や連携を促し、新たなビジネスを創出する生態系であるスタートアップエコシステムを整備・活性化していくことが目的だ。 「スタートアップを支援するだけでは、エコシステムは育ちません。プレーヤーもわれわれスタッフも相互作用してレベルを上げることが必要なんです。私たちが重視しているのは、スタートアップを手厚く支援するのではなく、邪魔を取り除くこと。スタートアップが進もうとしている道に落ちているブロックを片付けるようなことを、協会を通じて実現していきたい」
「千本ノック」の先にキャリアが開ける
これまで、自分の理想とする仕事を追求しながらキャリアアップを重ね、2つの社団法人まで立ち上げた藤本さん。その目はどんな将来を見据えているのか。 聞いてみると意外な答えが返ってきた。 「将来のことについて聞かれるのが一番苦手なんです。私は全く計画性がないと思っています。目の前のことをクリアしていく千本ノックのようなものをこなしているうちに、少し先が見えたり、思ってもいない道が開けたりしてきました。今も千本ノックの最中です」
控えめなスタンスとは裏腹に、大きな実績を積み重ねてきた藤本さん。それが認められ、2023年1月には文部科学省から起業家教育推進大使にも任命された。
そんな藤本さんに、キャリアアップを志す人たちに向けてアドバイスをもらった。 「以前いた会社の上司から言われたことなのですが、ルーティンから抜け出すことを普段から心がけると良いと思います。ささいなことでいいんです。いつもスターバックスでラテを飲んでいる人なら、普段は頼まないような季節のフラペチーノを飲んでみる。家に帰るときに違う路線を使ってみるのもいい。同じ人とばかり会っていても人脈が広がらないように、同じことを繰り返していても自分の幅は広がりません。ルーティンから抜け出すアクションを起こしていれば、きっと新しい発見があるのではないかと思います」
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文:高須賀 哲 写真:嶺 竜一 掲載日:2023年9月25日