「ベゾス流」で起業した日本法人の元広報部長 アマゾンで学んだリーダーシップとブランディング

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アマゾンジャパン合同会社(以下アマゾン)の成長を、広報責任者として発信し続けた小西みさをさん。13年勤めた同社を2016年に退職し、2017年1月に自らPR・ブランディングのコンサルティング会社を立ち上げました。アマゾンでの仕事で学んだことは、米国本社の創業者ジェフ・ベゾス氏が重視していた「14カ条」(現在は16カ条)に代表されるリーダーシップ理念と、ストーリーで語るブランディングの重要性といいます。自身のキャリアをどう見ているか、お話を伺いました。

目次
  1. 「ネット書店」時代から日本法人のPRを主導
  2. アマゾンは採用で「リーダーシップ」を見る
  3. 影響を受けたベゾスの言葉
  4. 「ストーリー」が重視される時代

<お話を伺った方> 名前:小西 みさを(こにし みさを)53歳 現在、AStory合同会社代表、aLLHANz合同会社共同代表。セガ(現セガサミーホールディングス株式会社)やソフトバンクなど複数の東証1部上場企業で10年以上の企業広報および海外広報を経験。2003年にアマゾンジャパン入社。PRを戦略的に展開し、「Amazon」ブランドを日本のトップブランドに育成した。ウェールズトリニティセントデイビッド大学経営大学院経営学修士(MBA)修了。Oxford Executive Leadership Programme修了。著書に「アマゾンで学んだ! 伝え方はストーリーが9割」(宝島社)など。

「ネット書店」時代から日本法人のPRを主導

2003年にアマゾンに入り、そこから13年間同社のPR責任者を務めてこられました。そして現在はご自身でPR・ブランディングコンサルティング会社を経営されている小西さんにとって、アマゾンでの経験はどういうものですか。

アマゾンの前はセガやソフトバンクなどで国内外の広報業務を担当していました。どちらの会社での経験も非常に密度が濃く、私にとってかけがえのない時間でした。ですが在籍した期間も長いですし、やはり自分にとってはアマゾンでの経験は特別なものといえるのではないかと思います。

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私が入社した2003年当時、日本でアマゾンといえばまだ「インターネット書店」という位置付けでした。実際、新聞などでもそのように紹介されていました。取扱品目もやっと家電が一部販売され始めたといった感じで、現在のような「総合通販サイト」といった認知は全くされていませんでした。ブランドイメージも書店・出版業界の「黒船」といった捉えられ方が主で、必ずしもポジティブな見方は多くなかったように思います。 そうした状態から同社の顧客視点のビジョンから逆算した事業活動や強みについて地道な発信を続け、アマゾンの豊富な品ぞろえ、魅力的な価格、物流のすごさや便利さを少しずつ理解してもらい、2015年に日本のビジネス誌のWeb調査でアマゾンがトップブランドを獲得するまでに至りました。この経験を通じて、いかに企業の強みを棚卸しし、魅力的なストーリーとして伝えるのが大事かということを実感しました。

なぜ、当時まだ日本で成功したとはいえない状態だったアマゾンに転職されたのでしょうか。

その前はソフトバンクにいたんですが、入社から4年ほどたち、会社としてはブロードバンド回線事業に注力を始めた頃でした。よりカスタマー向けのサービスに関わりたいなと思っていた頃に、人材紹介会社から紹介を受けたのがアマゾンでした。 当時、プライベートでアマゾンを利用したことがあったのですが、トラブルで1カ月も商品が届かないという経験をしていました。そのため正直にいって自分としてもそれほどいいイメージはありませんでした。ただ、その紹介会社がかなりアマゾンの可能性について力説してくれたのと、面接で後の上司となるアメリカ人女性に出会い、キャリアや人格ともに非常に好感をもったことが大きかったです。

アマゾンは採用で「リーダーシップ」を見る

アマゾンは相当、採用・面接に力を入れる企業だと聞いています。

はい、それはもう。のちに私も面接する側になったので、それは自信をもって答えられます。長期的視点で採用に妥協はありません。

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仕組みをかいつまんで説明すると、その人を採用する部署やチームの責任者(採用マネージャー)と、そこに関係する部署および候補者の基準(バー)を引き上げ質を担保する「バーレイザー」といわれる人とで「採用グループ」を作ります。候補者はまず採用マネージャーと面接し、その面接を通過すると、そのグループのメンバー全員と面接をします。私が入ったときは確か全部で7人で、上司となる採用マネージャーの面談後は、1日でその他のメンバー全員と面接しました。

面接の質問は非常に細かく、PRの経験を問われた私の場合を例にとると、1つの事象に対して「なぜその企画に、そのメディアがいいと思ったのか」「記者と接触するまでにどのような準備をしてどう接触したのか」「相手からどのようなフィードバックがあったのか」「結果はどうで、それをどう受け止めたのか。次に改善できることは何か」などかなり掘り下げて質問されました。面接官はそれらをメモして、採用グループ全員が参加する会議にかけます。 面接や採用グループの会議で見ることは、簡単にいうと「その人がアマゾンが求めるリーダーとしてチームのバーを上げることができるか」という点に尽きます。アマゾンには「顧客を起点に行動する」といった社員に求める16カ条の行動規範があります。採用ではそれに照らし合わせて評価するので、採用哲学としても機能しています。 最終的な合否は採用グループの会議で決めますが、必ずしも多数決で決まるわけではありません。たとえ6人が「採用」でも、1人が「この候補者は、この質問にこう答えた。これはアマゾンのリーダーの行動としてはふさわしくない」と主張してそれが決定的な内容であれば、採用が見送られることもあります。逆に、少し足りないな、という部分があっても採用部門の責任者が「そこはこうやって自分がサポートできる」などと保証することで採用する場合もあります。

アマゾンがとりわけリーダーシップを重視する背景を教えてください。

創業者のジェフ・ベゾス氏がアマゾンのビジョンに「地球上でもっともお客様を大切にする企業」を掲げたことは有名ですが、そのあるべき理想の姿を追求するためには、一人ひとりがリーダーシップを発揮しなければならないという基本的な考え方があるからです。お客様は多種多様であり、その需要にお応えするには一人ひとりがイノベーションを起こせるような主体的な人間でなければいけないということです。 新卒社員も、中途社員も、ベテラン社員も関係ありません。マネジメントとリーダーシップを切り分け、管理職だからリーダーシップを発揮するのではないという考え方をします。 1つエピソードをお話しします。ベゾス氏が来日したときのことですが、通常、米国本社のトップが来たら、日本事業での説明をするのは日本法人のトップや経営陣だと思いませんか? しかしアマゾンではそれだけではありません。もちろんベゾス氏は日本の社長にもいろいろと尋ねますが、例えば「電子書籍端末のKindleはどうなっている」といったことは、そのオーナーシップがある担当責任者に直接聞きます。それは「担当者こそがその事業のスペシャリストである」という考えが根底にあるからです。

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逆にいえば、アマゾンの社員は誰であっても、望まれればベゾス氏に直接説明するような「当事者意識」が求められることになります。そしてそういう意識を持つことこそが、社員の成長につながるのだと思います。

影響を受けたベゾスの言葉

小西さんご自身、そうした環境で成長を実感することはありましたか。

入社当初は大変でした。メディアからの取材の依頼は限定的で、かつ米国本社の方針で売り上げや利益などの数字は全く出せません。そうするといくらわれわれが「アマゾンは成長しています」「このサービスはお客様からの支持が高いです」と主張したくても、記者の方は裏付けができませんから、取材をしても記事にできません。記事が出なければ「PRは何をしているんだ」と突き上げられます。 ですが、この状況から何ができるかが勝負なわけです。自分の場合は経営数値がダメなら、ということで、PR活動の切り口にした一例ですが、自社の強みや成長を示せる物流センター内の規模感やオペレーションの先進性を見せることにしました。門外不出だった情報ですが、多品目の扱いと発送スピードをアピールでき、その延長でアマゾンが目指す世界を伝えられると主張し、社内を説得しました。

できないことははっきり決まっていますが、裏を返すとそれ以外でどうやるかは自分次第。良くも悪くもそういう環境で、何ができるか考え続けた時間でしたね。忙しくて、何をしたか思い出せないくらいです。

そのアマゾンを2016年に退社し、2017年にご自身の会社を立ち上げます。その経緯を教えてください。

アマゾンでの経験が10年を過ぎ、PR・ブランディング経験を約25年重ね、この経験や実績をもっと社会に生かせないかと考え始めたのがきっかけですね。先ほど触れた、2015年にブランド調査で日本のトップになったことも一つの区切りでした。起業については、知り合いにやはりアマゾンを辞めて会社を起こした人がいて、相談しながら意思を固めていった感じでした。 ベゾス氏の言葉にも影響を受けています。彼は元々ウォール街のヘッジファンドに勤めていたところから、「80歳になったとき、後悔が少なくなる選択をしたい」ということでアマゾンの起業に踏み切ったといいます。私も自分の身に置き換えると、アマゾンに残るという選択肢より、自分で会社を起こしてより社会に貢献しようとする方が、将来的に後悔が少ないのではと思いました。

「ストーリー」が重視される時代

事業はいかがですか。

実は私は「あなたは本当にアマゾンにいたんですか?」と聞かれるほどITに弱くて、オフィス環境の整備など全てを自分で整えるのには本当に苦労しました。会社のIT部門に問い合わせできることが、いかに素晴らしいことかは独立して学びましたね。

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ですが著書の「アマゾンで学んだ! 伝え方はストーリーが9割」を読んだという方などからコンサルティングやセミナーの依頼も舞い込むようになっており、ご縁をいただいた企業に評価していただけるようになってきました。PR経験ゼロの担当者をメディアから評価されるほどの実力者に育成したり、ビジネス界では無名だったものの高い志をもつ地域の企業に取材が殺到するようになったりなど、成果が出てきています。

事業を営むなかで、ご自身が育まれてきたキャリアや強みにどんな需要を感じますか。

上場企業のような大手もスタートアップも、自社のパーパス(存在意義)やブランディングをどうするかという課題に直面しているように思います。スペックの高い製品を出すだけで、長期的に利益を確保するのは難しい時代になりました。消費者は自分の価値観や考え方に合う企業の商品を買うようになっていますし、働く場所としてもパーパスや理念を重視するようになっています。 私がPRで経験してきたのは、当事者があるべき姿やパーパスから逆算して、気づいていない魅力や強みに光を当て、それをわかりやすくストーリーとして世の中に発信することだったと思っています。これはまさに今、世界中の企業が求めているものではないでしょうか。 ストーリーというと、うまくお話を創作することと思われる方もいますが、それは現代では通用しません。どれだけきれいなストーリーを語っても、実体を伴わなければすぐに見透かされてしまいます。アマゾンの16カ条が優れている点は、その中身もさることながら、世界中の社員にそれが浸透しているという事実そのものでもあります。リーダーシップをベースに個々の社員がお客様の既存および将来のニーズに応えるサービスを実現していく。それをストーリーにしていくことで共感を得る体感ができたことは、自分の資産だと思っています。 本記事についての簡単なアンケートにご協力をお願いします。 アンケートはこちら

撮影:竹井 俊晴