ニューロマジックの人事戦略 コロナ禍、終息しても「フルリモート継続」

新型コロナウイルスの感染が拡大し、国内で初めて緊急事態宣言が発出された2020年。以降、多くの企業が「出社とリモートワーク」のバランスに苦慮してきました。そんななか、サービスデザインを手掛けるニューロマジックは、まだコロナ禍の出口が見えにくかった2020年から「コロナ禍が終息してもフルリモートを続ける」と明言しました。いち早く宣言した狙いと、その効果を木村隆二取締役最高執行責任者(COO)に伺いました。

木村 隆二

(きむら りゅうじ)

2005年、ニューロマジックに入社し、営業組織を構築。2009年、セールス、マーケティング、プロジェクトマネジメントなどを管掌する執行役員に就任。2016年から取締役執行役員を経て、2022年4月から現職。オランダ・アムステルダム拠点の設立に関わり、海外事業も担う。早稲田大学商学部卒業。43歳。

緊急事態宣言前にフルリモートに移行

コロナ禍が終息した後も、「フルリモートでの勤務を継続」と明言されています。

はい。2020年2月に、全社的に出社を必要としないフルリモートでの勤務に切り替えました。国内で緊急事態宣言が初めて発出された4月の2カ月ほど前ですね。そしてその後、コロナの流行が収まっても勤務態勢は維持すると決めています。

非常に早い段階での判断かと思いますが、調整などに時間はかからなかったのですか。

実は当社には、リモートワークに切り替える素地(そじ)が以前からありました。きっかけは2011年の東日本大震災です。物理的に出社が難しい社員が出たことから、事業継続のため、会社に設置していた業務用のハイスペックPCを社員の自宅に送って仕事ができるようにしたんです。それまではPCがオフィスにあるため必然的に出社を基本としていたのですが、実際にやってみると「これなら必ずしも出社しなくてもいいよね」となりました。 そこから、介護で郷里に戻るという社員や、子育て中の社員などに対しても積極的に自宅で勤務ができるようにしていきました。

コロナ禍前、在宅勤務の制度自体は多くの大企業が導入していましたが、適用されるのは一部の「特殊な事情がある個人」というケースが多かったように思います。御社は違ったのですか。

感覚的な話にはなりますが、もともと抵抗のない社風にはなっていたと思います。子育てなどの事情がある社員は気軽に相談ができる印象でした。 また当社の社員数は130人ほどなのですが、沖縄、仙台、そしてオランダ・アムステルダムにもオフィスがあります。初のサテライトオフィスを作ったのは2012年の福岡です。規模の割には拠点が散在していると思いますが、海外も含めてオンライン会議も日常的にしていましたし、「離れた場所にいる社員同士で協働する」というのはごく自然に行われていました。

採用に全国から応募

2017年にアムステルダムに拠点を設けています。基本的には日本の顧客向けにビジネスをされていると思いますが、なぜ海外拠点を作られたのですか。

社長の黒井の考えが強いのですが、われわれの手掛ける「サービスデザイン」の領域はどうしても欧米の方が進んでいます。ですので、日本でもできる作業を人件費が抑えられる海外で担うオフショアとは目的が違います。欧州の最新動向を日本に輸入し、こちらのビジネスに役立てるのが狙いです。ですので、仕様を定めて発注するだけでは済まず、細かなニュアンスも含めた密なやりとりが必要でした。

早くに「コロナ後もリモート」と打ち出したことは、採用に影響を及ぼしましたか。

明確に影響がありましたね。求人への応募は目に見えて増え、今は少し採用にブレーキを掛けないといけないと思うほどです。 首都圏など都市部からの応募はもちろんですが、これまではなかった地方からの応募が増えたことも大きな変化です。今では北海道や新潟、山形、長野、石川、大阪など、拠点のない地域に多くの社員を抱えるようになりました。変わったところでは、ドイツ・ベルリンにも1人いるんですよ。現地で当社の英語の採用サイトを見たという、ベネズエラ籍の人材が応募してきましてね。今では弊社のSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)領域のリーダーとして牽引してくれています。リモートを前提としたことで、これまでリーチできていなかった地域に住む優秀な人材を雇用することができます。

リモートを前提とすると、チームビルディングなどに課題を抱えませんか。

社員同士が顔を合わせないことによる、さまざまな懸念は確かにありました。いくら採用にいい影響があっても、組織運営に課題が生じてしまっては元も子もありません。 対策はいくつもありますが、最も重要なのは会社のミッション・ビジョン・バリューの共有でしょう。当社ではコロナを機に刷新したうえで、その基になる考え方を言語化し、わかりやすいように章立てして「バイブル」のように編集したファイルを、ネット上で社員がいつでも見られるようにしました。 ミッションやビジョンはそれぞれ「あらゆるエクスペリエンスにおいて、最もふさわしい解決を追求すること」「『都市』のような組織を目指し、社会の変化に対して影響し続ける」といった短い言葉になります。ただ、その言葉の背景には社長の黒井や経営陣のさまざまな考えがあります。経営陣と社員が対面で触れ合う機会があれば、自然と組織に浸透していくこともありますが、リモートとなると意識して機会を作らないといけません。 そこで、文書にまとめただけでなく、毎日、その一部を抜粋して社長自ら社員に向けてコミュニケーションツールで発信するようにしました。いわば、ネット上の「朝礼」ですね。

「朝礼で社長が訓示」というと、古めかしい印象を持つ方もいると思いますが、リモートワークに先進的に取り組んできた企業が実施しはじめたというのは興味深いです。

社員が同じ考え方のもと、同じ方向を向いて仕事をするというのは組織において非常に大事なことです。羅針盤となりうるトップの言葉の重要性は、いつの時代も変わらないでしょう。ただ時代が変わり、使えるツールも変わっているのですから、発信の仕方や共有の仕方も自然と変わるのだと思います。

社員コミュニケーションに「メタバース」ツール

そのほかに、リモートを前提とするために変えたことなどはありますか。

社員同士のコミュニケーションのために、仮想空間のメタバース上に「オフィス」を設けています。そこにはそれぞれの席があり、社員が自分のアバター(分身)を操作して同僚のアバターの近くに行くと、そこで雑談ができます。また、例えばAさんとBさんがなにか話しているところに、Cさんが近寄っていくと2人の会話に参加できたりもします。メタバースでのコミュニケーションは、いろいろなサービスを試しましたが今はレトロゲームのような画面デザインが特徴の「Gather」を使っています。簡単な雑談など、現実のオフィスさながらのやりとりができ、使い勝手がいいように感じています。

ニューロマジックが使うメタバースツール

「Zoom」などのオンライン会議システムや、「Slack」「Teams」といったコミュニケーションツールもずいぶん広がりました。さらにアバターでのやりとりが必要ですか。

要ると思いますね。Slackなどテキストがメインのツールでは、抽象的で複雑なやりとりは難しいですし、オンライン会議システムは「相手と時間を合わせて入室する」必要があることから、ちょっとした気軽なやりとりには向きません。それらだけでは、どうしても抜け落ちるものがあると思います。 同じオフィスで顔を合わせていれば、同僚の「あれ、ちょっと元気ないな」といったことに気づくことがあります。リモートではそうしたことが難しくなりますから、さまざまなツールを使うことで少しでもそうした部分を補う必要があります。デジタルツールにはそれぞれ利点や欠点がありますから、それぞれの特徴をきちんと理解して、もし足りていない部分があるならそれを補えるような仕組みを考えることが必要だと思います。

新しい時代の社内コミュニケーションをデザインされている、という印象です。

対面の価値を軽んじているわけではありません。リモートはあくまで社員がそれを選べる権利ととらえています。家では仕事がしにくいという場合もありますから、出社するのも自由で、東京・築地に物理的なオフィスも残しています。 また、遠隔地に住む社員には、年2回まで他の社員との交流を目的に本社への「コミュニケーション出張」ができる制度も作りました。これも義務ではなく、本人が望めば行使できる権利です。 重要なのは「出社か、リモートか」という選択ではないと思います。どちらにも長所と短所があるので、いかに双方を連携させて長所を生かし短所を補うか、ということだと思います。オフィスだけで対応できない社員のニーズがあるならリモートを認めればいいし、リモートでなにか課題が生じるなら、その解決策を考えることが必要です。 本記事についての簡単なアンケートにご協力をお願いします。 アンケートはこちら

掲載日:2023年3月29日