入社8カ月で会社都合の解雇 人事から未経験のベンチャーキャピタルへ

2020年3月に独立系ベンチャーキャピタル(VC)のアプリコット・ベンチャーズ(現:mint)に転職した田島ひかるさん。前職では採用広報部門の立ち上げなどを担っていました。ただ前職が入社8カ月で経営悪化し、転職を検討せざるを得ない状況に。「全く考えていなかった」という業界への転職の経緯を振り返っていただきました。

田島 ひかる

(たじま ひかる)

2017年パーソルキャリアに新卒入社。2019年Azitに入社し、採用広報部門の立ち上げおよび人事業務を担う。2020年にアプリコット・ベンチャーズにベンチャーキャピタリストとして入社。投資先企業の人事・採用支援およびコミュニティー運営も担当。神奈川県出身、28歳。

新卒で大手に就職も、スタートアップに転職を決意

ファーストキャリアは大手企業に就職しています。

大学生時代に、スペースシェアのプラットフォームサービスを手がけるスペースマーケットで営業のインターンを1年半ほど経験しました。そのまま新卒でスペースマーケットに入社することも考えたのですが、一緒に働く先輩たちから「一度しかない新卒の切符を上手に使ったほうがいい」と言われて。やはり一度、大企業を経験してみよう、と。就職活動を始めて、最初に内定をもらったパーソルキャリアに入社しました。 パーソルキャリアでは求人広告の営業をしており、新規開拓や取引先の広告の運用・改善もしていました。

そこから、なぜスタートアップに転職を?

パーソルキャリアで働いていたときの上司が、当時ライドシェアアプリを展開していたスタートアップのAzitに人事責任者として転職したんです。その人から誘われるかたちで、Azitに転職することを決めました。パーソルキャリアに入社しておよそ2年後のことです。

不安や迷いはありませんでしたか?

大学生時代のインターンでスタートアップは経験していましたし、興味もあったので特に不安や迷いはなかったです。むしろ、大手企業で働いてみて「やはり私にはスタートアップのような環境のほうが合っているかもしれない」と思いました。 パーソルキャリアのなかで人数が少ない部署に異動したいとも考えており、異動を希望するか転職するかで考えた結果、後者の道を選ぶことにしました。

明日から仕事がない、すぐさま転職活動に

転職した会社を8カ月ほどで辞めたそうですね。なぜでしょうか。

Azitには採用広報部門の立ち上げと人事業務を担うポジションで入社しました。成長中のスタートアップで働くのは刺激的で、非常にやりがいも感じていました。 たださまざまな理由から、予定していた資金調達が難航してしまいました。その影響で在籍していたほとんどが整理解雇となりました。私も解雇の対象になり、入社から8カ月ほどで退職しています。2019年のことです。 でも経営陣に恨みは全くありませんでした。その会社を選んだのは自分ですし、むしろ何とか頑張って復活してほしいなという思いでした。Azitの代表のことも尊敬していて、良好な関係は今も続いています。

突然の出来事だったと思いますが、転職活動はどう進めたのでしょうか?

「次の日から仕事がない、どうしよう」という状況だったので、解雇された数日後にコワーキングスペースに行き、履歴書や職務経歴書を作成し、転職サイトを通じて気になる求人をひたすら調べました。また、Twitterで退職した旨を投稿し、そこで「うちに興味ないですか?」というDM(ダイレクトメッセージ)を100件ほど頂きました。そこから興味が持てそうな会社を探し、実際に会ってみるということをしました。1カ月で50社くらいから話を聞いたと思います。 なかなか気持ちが切り替えきれず、意思決定できない日々が続いたのですが、生活していくためのお金も必要だったので、まずは人脈を通じて業務受託というかたちで、5社くらいのスタートアップの人事・採用広報の仕事の手伝いを始めていきました。

当時、就職活動で軸にしていたものは何だったのでしょうか?

Azitの経営陣がすごく好きだったこともあり、その人たちと同じくらい「一緒に働きたい」と思える経営陣がいる会社がよいと思っていたんです。そのため、Azitの経営陣が「この人は信頼できる」「この経営者は良いと思う」とオススメしてくれた人に、とにかく会いに行きました。事業領域は全く絞っておらず、とにかく「人」を軸に良さそうだと思う経営者の会社を受けていました。 実際に面接を受け、何社か内定はいただいたのですが、どうしても数回の面接だけでは入社を決めることができなくて。妥協して転職するくらいであれば、今の時代はフリーランスとして活動するのも珍しくはないので、納得いく会社が見つかるまでは業務受託で働き続けようと思いました。内定をいただいた会社には、お断りの連絡をしていました。

コロナ禍がジョブチェンジの良い機会に

もともとVC(ベンチャーキャピタル)に転職の予定はなかったそうですが、なぜVC業界に?

これも人づてなのですが、現職の代表である白川智樹から、共通の知人経由で声をかけてもらいました。私はバスケットボールをずっとやっているんですが、SNSで何度かバスケの投稿をしていました。白川と共通の知人も多かったことから、頻繁にSNSで私の投稿を見かけていたそうで、そこで私の名前と経歴を知ってくれたみたいなんですよ。パーソルキャリア時代の先輩を通じて白川と会いました。でも当時の私は全然VCに興味がなく、「とりあえず会ってみよう」という感じでした。 でもそこで白川に言われたことにハッとしました。「VCと人事は共通している部分がある」と言われたんです。「人を見極める」ということに加えて、VCは資金という側面から経営者をサポートして経営やプロダクト開発に集中できるようにサポートする仕事だ、と。 私は、会社はどのフェーズでも組織・採用にまつわる課題がつきものだと思っています。そんなときに経営陣が人事チームに背中を預けられると、もっと経営やプロダクト開発に集中できるようになると思っていたので、言われてみれば「確かに似ている部分がある」と思いました。 また、当時は新型コロナがはやり始めた時期だったこともあり、各社が人件費を削るために人材採用をストップする流れになっていたんです。私が業務受託していた複数の会社も、人事業務はすることがなくなっており、その状況のまま携わり続けるのも申し訳ないという思いがありました。 そうした背景から、かえってジョブチェンジする良い機会なのかもしれないと思い、思い切ってVC業界に飛び込むことにしました。

大手企業に戻るという選択肢はなかったのでしょうか。

その選択肢も考えたのですが、スタートアップで大胆にリスクをとって挑戦している人たちを見てきた影響もあり、自分がもう一度大手企業で働く姿は全然想像できなかったんです。長期的に見てもスタートアップ業界でさまざまな経験を積んだほうが後々のキャリアにも生かせることが多いと思い、大手企業に転職するのは違うなと考えました。

スタートアップで整理解雇され、再び似たような環境で働くことに不安はなかったのでしょうか。

もちろん不安はありました。当時の会社は白川が1人で創業していたので自分も含めてメンバーが2人だけということもそうですし、VCに関する知識もない。もしダメだったらどうしようとも思ったのですが、解雇からフリーランスという流れを一度経験しているので、「もし無理だったら、また次のキャリアを考えよう」と思い、腹をくくって働くことにしました。

いま転職活動をするなら「人」と「事業」の両方を見る

実際にベンチャーキャピタリストとして仕事を始めていかがでしたか。

最初の1年くらいは私のなかでは暗黒期でしたね。とにかくVC業界の「横のつながり」もなく、投資に関する知識もなかったので、最初は代表のアポイントに同席したり、業界の先輩を紹介してもらったりしてベンチャー投資のいろはを教えてもらいました。実際、最初の投資実行まで1年かかっています。今となればその程度の時間がかかって当然だと思いますが、当時は早く何か成果を出したいと焦っていましたね。 入社から半年間は代表に投資の提案をしてフィードバックをもらいながら、投資検討する際に見るべきポイント、デューデリジェンスなど「投資の基準」を知ることに時間を使い、ベンチャーキャピタリストの基礎を固めていきました。ただ、最後の決め手は、自分が投資したいと思える起業家に会えるかどうかだと教わったので、とにかく人に会いまくっていました。 入社から1年後に最初の投資を実行できてからは、順調に投資を実行できるようになり、現在までに10社ほどのスタートアップに投資しています。

これまでの転職や、キャリアを振り返って思うことはありますか。

転職活動中の自分は「誰と働くか」を何より大事にしていたのですが、もし今転職活動をするならば人と事業の両方を見ますね。やっぱり「この人が好きだから」という理由だけで転職すると、その人が退職したときに働く理由がなくなってしまう。経営者は辞めないと思っていたのですが、自分が整理解雇になるパターンもありました。 「誰と働くか」を重視しすぎてしまうと視野が狭まってしまうので、私と同じように人を重視して転職活動をしている方ほど、人と事業の両方を見たうえでの転職活動をオススメしたいですね。 本記事についての簡単なアンケートにご協力をお願いします。 アンケートはこちら

文:新國 翔大 写真:嶺 竜一 掲載日:2023年1月20日