100人に会って固めた強みやキャリア像 入社後半年で事業責任者に

人気の商社の中でも、売上高トップの三菱商事から、2022年7月当時は10人規模だった、ECを通じたブランド支援のビジネスを展開するスタートアップ企業であるしるしに転職した泉光矩さん。「入社に全く迷いはなかった」と言い切り、入社半年で、事業責任者を担うようになっています。順調で明確なキャリアを歩む秘訣は、転職の前に100人近い人と会って、自分のキャリアイメージを具体化していったことなどにありました。どのようなことを調べて考えたのか、泉さんに話を聞きました。

泉 光矩

(いずみ みつのり)

2018年4月に新卒で三菱商事に入社し、化学品トレーディングでキャリアをスタート。がんとの闘病、起業、長女誕生を経て、2022年7月に設立1年半、10人規模の「しるし」に入社。EC戦略や施策の提案および社内でのディレクションを行い、現在はメイン事業の責任者を務める。

転職前に100人に会う

2018年に大学を卒業してから、どんなキャリアを描いてきましたか。

大学3年になり、就職活動で将来のことを考えるようになったころから、起業に興味がありました。新卒で三菱商事に入社してからは、サラリーマンとして生きていくのか、起業するのか、プロ経営者を目指すのか、より深く考えるようになりました。三菱商事での生活は本当に恵まれていましたが、自分の理想を実現するために、「経営者としてキャリアを創りたい」と志を立てました。友人が外国人旅行者向けコンテンツで起業し、それを手伝ったこともひとつのきっかけになったと思います。

三菱商事といえば人気企業ですが、4年程度で辞めるのは異例ではないですか。

数がそう多いわけではありませんが、いないわけではありません。私の場合は、自分にがんが見つかったことも理由としてありました。幸い早期発見でき、手術もうまくいきましたが、「人はいつ死ぬかわからない。できるだけ早く自分のやりたい方向に行こう」と感じたのも事実です。

転職活動をどのように進めたのでしょうか。

キャリアの方向性を決めるために、総合商社出身者や経営者の先輩など、およそ100人の方と会って話をしました。最初のころは総合商社出身で、スタートアップ企業に勤める方など、商社以外のフィールドで活躍されている方にアポを取って話を聞きました。直接知っていた方はもちろん、紹介してもらった方、メディアやFacebookで見つけてDM(ダイレクトメッセージ)を送った方もいます。 中には反応がなかった方もいました。しかし、スタートアップ企業の場合、採用に困っているケースが多く、責任のあるポジションの方なら「御社に興味があります」と伝えれば、時間を作ってくれることがほとんどでした。自分もそれなりのバックグラウンドのある人から「会いたい」とメッセージが来たら、「話を聞いてみたい」と思いますので。

初めて会った方とどんな話をしたのでしょうか。

商社出身の方に会うときには、商社出身者がスタートアップ周辺でキャリアを創っていく際に苦労することや、周囲からどのように評価されるか、などを中心に聞きました。 その中で気づき、いまになって私自身も日々感じているのは「『ヒト』に向き合うのではなく、『コト』に向き合う必要があるし、必要的にそうなるが」ということです。対人関係はどの世界でも大事ですが、大企業のほうが対人関係の重要性は圧倒的に高いと思います。もちろんスタートアップでも創業者やメンバーとの関係構築は大切です。ただ、大企業と比較すると、スタートアップでは、個人のパフォーマンスが会社に与える影響度が大きいため、「コト」つまり事業に向き合うことのウエートが高くなると思います。

商社の方はスタートアップの世界ではどう見られているんですか。

一般論として「一通り何でもできるけれど、尖(とが)ったスキルがない」と見られがちだと感じました。「商社によくいるタイプの人材がハマる組織もあれば、そうでない組織もある。そこの見極めは大事」という指摘はよく覚えています。

転職先選びの基準を設ける

転職先を決めるにあたって、何か条件はありましたか。

自分なりに3つの基準を設けていました。「創業から3年以内、従業員30名以下」「市場規模が年率10%以上成長している」「主軸事業のPMF(Product Market Fit、プロダクトがカスタマーに受け入れられている状態)を達成している」です。 最初の条件を設けたのは、「会社として規模が大きく、社員数も多いと、主要メンバーが固定化されているケースが多い」からです。経営者としてキャリアを創ると決めた以上、会社の基礎を自分で作っていきたいという思いがありました。 第二の条件「市場が伸びている」を設けたのは、当然やるからには成功したいので、成長市場で事業展開して急成長し得る環境に挑戦したかったからです。三菱商事時代に担当していた領域が、いわゆる「斜陽産業」だったので、基本的に新規投資は避け、コストをカットして生き残り、残存者利益を狙う、というビジネスでした。それはそれでやりがいはありましたが、閉塞(へいそく)感が強くやりづらさも感じていたので、「次は成長産業に行きたい」という思いが強かったのかもしれません。

PMFの達成を条件としたのはなぜでしょうか。

PMFを達成しているということは、「0→1」を達成しているということです。三菱商事時代も0→1には挑戦しましたがうまくいきませんでしたし、友人との起業にも失敗しています。その経験から「自分には0→1は向いていないかもしれない」と感じていました。 また、0→1は運やタイミングが重要な部分もあり、再現性のあるレベルまで能力を磨くことは、自分には難しいと感じました。そこで、PMFを達成していて、1→10へと急成長している会社にジョインしたいと考えました。

社会人4年目でなかなかそこまで自分の特性を見極められる人は少ないと思います。

基礎ができあがっている事業を成長させるフェーズであれば、自分の能力を発揮しやすいと考えました。 総合商社には、ビジネスパーソンとして計画的に物事を進めていくスキルが高い人が多いですが、そのような人材は、実は世の中に多くはいないというのが私の肌感覚です。目標を立てて、計画を引いて、それを泥臭く実現していくのは、実は結構難しいと思います。また、私は突出した能力はないですが、営業、プロジェクトマネジメント、PL(損益計算書)作成、契約書作成など、守備範囲は広いです。

スタートアップ転職「不安はあった」

現職に入る際の選考はどう進んだのでしょうか。

最初に代表取締役が出てきて、30分予定の面接時間で1時間半ぐらい話しました。その後、取締役、社外取締役との面接を経て、4人で会食に行きました。最後にオファー面接がありました。選考プロセスは2週間弱だったと思います。

大企業からスタートアップへの転職ということで、不安や家族の反対はありませんでしたか。

不安はめちゃくちゃありました。が、「80点ぐらいは出せるだろう」という根拠のない自信はありました(笑)。また、妻も背中を押してくれました。妻が勤めている会社は、妻が入社した当時は50人、その後5、6年で400人規模にまで増えたということで、スタートアップを成長させることの魅力をよく理解していたのだと思います。

他の会社は受けなかったのでしょうか。

現職も含めて、特に業界は絞りませんでしたが、先輩方のアドバイスを参考に、自分のポジションと役割は意識しました。具体的には最高執行責任者(COO)、事業部長、M&A担当あたりを中心に探しました。面接を受けたのは10社ほど、うち4社から内定を頂きました。

数ある内定の中から、現職の会社を選んだ理由はなんだったのでしょうか。

しるしを選んだのは、創業者との相性が大きいです。取締役の下田は0→1が得意です。そこにジョインした場合、私が1まで立ち上がった事業を伸ばしていくイメージがつきました。あとは人柄ですね。事業や社員への向き合い方は、心の底から尊敬しています。

入社に際して、事業内容については考えましたか。

考えてはいましたが、商社での業界経験が生かせるスタートアップはほとんど存在しないため、それほど重要だとは感じませんでした。一方で、市場の伸びや、市場で勝てる可能性は考えました。しるしは市場で独自のポジションを取っているので、勝ち切れる可能性は十分にあると感じました。

転職して、年収的にはどう変わりましたか。

具体的な金額は言えませんが、商社でボーナスが非常に多く支給されたタイミングだったこともあり、かなり下がりましたね(笑)。

年収がかなり下がることに対して、迷いはなかったですか。

全く迷いませんでしたね。私の場合、実績を買われたというよりは、未経験でポテンシャルを評価されて採用していただいたので、逆にあまり高い年収だと、自分としてもあまり納得感がなかったと思います。また、自分の収入は成果や能力次第で上げていけるのがスタートアップの世界だと思うので、一時的に収入が落ちることは全く気になりませんでした。

入社半年で事業責任者に

入社してみていかがでしょうか。

事業責任者を担当しているのは「EC事業」です。「Amazon」と「楽天市場」で商品を販売する事業者の支援を中心に行っています。また従業員数も、私の入社時は10人程度でしたが、今は20人を超えていて、スタートアップの成長速度に興奮しています。

非常に順調にポジションアップされているように見えます。振り返ってみて何が良かったと感じますか。

まだまだ成長途中ではありますが、与えられた役割と自分のパーソナリティー、これまでの経験がうまくフィットし、一定のパフォーマンスを発揮できた結果だと思っています。 私はEC未経験で入社しているので、プロフェッショナルなメンバーの能力に頼りながら、プロジェクトマネジメントとクライアントからの信頼を獲得することに集中しました。入社早々にある程度の成果を出せたのは、この意識があったからだと思います。 これに加えて、「経営陣がどのような思いで事業を創り、会社を経営しているのか」「私に何を期待しているのか」を解像度高く理解するよう努力してきたことも大きかったと思います。

現時点でご自身の今後のキャリアについてはどう考えていますか。

入社してから現時点まで、個人としてのキャリアについては特に考えていません。しるしを成長させることが私にとって一番の経験になるし、その実績が今後の自分のキャリアをドライブさせてくれると思っています。 本記事についての簡単なアンケートにご協力をお願いします。 アンケートはこちら

文:久保田 正志 写真:横濱 勝博 掲載日:2023年3月13日